[小商い建築ウォーカー神永セレクト#003]
小商い建築ウォーカー神永セレクトの第三弾、お待たせいたしました。
#003では東京都武蔵野市、武蔵境駅からバスにゆられて10分程のところにある「hocco(ホッコ)」という職住一体型の賃貸住宅にお邪魔しました。
「hocco」はブルースタジオが建築設計監理と運営管理を行い、小田急グループの小田急バス株式会社がブルースタジオとともにブランディング・プロモーションを担っている賃貸住宅です。
今回は仲介と管理を担当されているブルースタジオの坂口可南子さんから詳しくお話を伺ってきました。
ブルースタジオさんでは、小商い賃貸ではなく“なりわい賃貸”と呼んでいる店舗付きの賃貸住宅。この物件をご紹介するには同じ呼称がふさわしいと考え、今回は”なりわい賃貸”と記載します。
それではさっそく物件をご紹介していきたいと思います。
Contents
1.月極駐車場からなりわい賃貸へ。住宅街で交流のきっかけをつくる
到着すると、黒と茶色の落ち着いた趣のある外装に緑色の植栽が映える、ゆったり心地よい外部環境が広がっているのが印象的です。
建物がある桜堤という町は、名前の通り桜が東西南北に伸びる桜の木に包まれた木陰の気持ち良いエリアで、閑静な住宅街が広がっています。
環境につられて敷地内を散策していると、建物手前の広い駐車場のような場所にバスが停車しました。バス降車場の名前は【桜堤上水端「hocco」】。建物名が入っています。
ここは小田急バスの終点であり、折り返し出発するまでの5~60分の間、バスが待機する場所になっています。また、現在建物が建っている場所は以前、月極駐車場でした。
自然環境に恵まれた住みやすい住宅街で、バスの乗降者や近隣住民が行き交う場にも関わらず、周辺には地域住人が集まり交流できる場が少ないこともあり、「この場所を活用して何かできないか」と小田急バスさんから相談を受け始まったプロジェクトだそうです。
2021年10月にオープンし、もうすぐ2年が経ちます。月極駐車場だった場所で、住むこととなりわいが隣り合う、地域にひらかれた住環境が馴染み始めた頃でしょうか。気になる“なりわい暮らし”の舞台を見ていきたいと思います。
2.土間+軒下空間の連なりがつくる、なりわいのある風景
建物は木造2階建てで、約52㎡〜59㎡のメゾネットタイプが合計13部屋、中庭を囲うように配置されています。
敷地内には、この場所が交通のラストワンマイルの起終点となるように、「交通のハブ」の機能としてシェアカーやシェアサイクル、EVバイクも設けられています。駅まで距離のある立地だからこそ、電車に乗るだけではない暮らしの楽しみ方の選択肢にもなっているようです。特にシェアサイクルは近隣住人さんも含めて人気で、筆者が訪れた際も全ての自転車が使われていました。
13室の部屋は、1階が土間付きダイニングキッチン(以降「DK」)、2階に水まわりと寝室(リビング)がある間取りは全室共通です。
そのうち、10㎡弱の土間状部分を店舗として使える“店舗付き住居”が、敷地入り口側に5室あります。
この場所は第一種低層住居専用地域に位置しているため、店舗面積は建物全体で50㎡以下にする必要がありました。50㎡が5室で割り振られているという訳です。
ただし、住居専用部屋の間取りにも、同じように土間が配置されています。店舗利用ができなくてもSOHO利用は可能で、仕事スペースとして利用している方もいるそうです。 もちろん土間で繰り広げられるのは仕事だけではなく、たとえば趣味である植物を育てることや、アウトドアを楽しむスペースとして利用することなど、「好きなことや得意なこと」で暮らしをアップデートするなりわい賃貸の醍醐味は、しっかり受け止められる間取りになっています。
この建物の魅力の一つは、なりわい賃貸の日常的な出会いのある風景をつくり出す、土間と一体的な軒下空間です。
長屋形式になっているため、いわゆる玄関がなく、軒下をくぐって土間に入り、上下足を切り替えます。店舗付き住居の部屋はもちろんのこと、住居専用の部屋も同様に、「好きなことや得意なこと」を軒先にはみ出すことが許容されています。
一般的なマンションやアパートでは、玄関を出たら共用通路となっていて、個人のものを置いておくことは許可されないことがほとんど。しかしhoccoでは、植物やテーブルセット、自転車など、この場所で暮らしをともにする住人たちの各々の軒下空間の使い方が個性として溢れ出し、なりわい暮らしの風景が広がっています。
軒下専有スペースの区切りには、衝立ではなくベンチが設けられていることも、お互いを受け入れあって暮らそう、というメッセージとして場の使い方を先導している要素の一部のように感じられました。
現在店舗併用の部屋に入居されているのは、パイ専門店やパン屋さん、植栽屋さん、本屋さんなどさまざまです。
多種多様な業種であれば、ライフスタイルもそれぞれに異なるのは当たり前。住んでいる人もいれば、都内と2拠点居住で週末は小商いのためこの場所で過ごす、という人もいるのだそう。自分自身のなりわいスタイルに合わせて、定住したり2拠点にしたり選択できるのも、スモールスタートで始めることのできる、なりわい賃貸ならではのメリットの一つですね。
3.店舗スペースと一体的で、住居としての住みやすさにもこだわったなりわい賃貸間取り
取材時には、ちょうど空室だった05S室を見学することができました。
入ってまず驚いたのは、店舗退去後だというのに、インフラの気配がなくスッキリしていること。話を伺うと、その秘密は隣り合うDK部屋と床レベルとの段差にありました。
店舗用のインフラはDKの床下に収められていて、段差小口のパネルを取り外して繋ぎこむことができる仕様になっているのです。給排水を必要とするなりわいも、必要としないなりわいも、あらゆる内容に自由に対応できるシンプルなセットアップで使いやすさに考慮されています。
そして、店舗と住居は壁ではなく、半透明の建具でゆるやかに仕切られており、DKの窓から入る光が建具越しに感じられるようになっています。
建具上部の欄間部分はオープンで、風がよく通り抜けるそうです(ただし、飲食店等区画が必要な場合は入居時に設置する必要があります)。土間とつながる住居スペースのDKには、申し分ない大きなキッチンがあるのも嬉しいですね。
階段を登ると、窓が多く天井も高い開放的な寝室が広がっています。
振り返ると、鏡貼りの扉がありました。洗面台の正面には通常鏡がありますが、壁を取り払い階段吹抜けの広がりを確保し、その代わりに姿見も兼ねた大きな鏡を設置しているのだそうです。
隣には十分な収納と、広さのある浴室もあり、二人暮らし以上でもゆったり心地よい生活がイメージできる、間違いなく住みやすい住居スペースです。
周辺エリアの環境の良さと、敷地内の中庭などの使える外部環境を考慮すると、住むだけでも十分魅力的な物件ですが、さらになりわいもできてしまうというのですから、注目が集まるのも納得です。
4.日常の生活を共に楽しむ、なりわいのある暮らし
取材も終盤の頃、13S号室に入居する「The Pie Hole Los Angeles」さんを訪れました。
2022年7月にオープンし、もうまもなく1周年を迎える、パイとコーヒー店です。
以前よりこの地域に住んでいた店主さんは、hoccoで開催されていたイベントに訪れ、なりわいと暮らしが共存するこの場所に魅力を感じて入居を希望したそうです。
元々栄養士として施設勤務だったそうですが、「The Pie Hole Los Angeles」の商品と出会い、惹かれたことをきっかけに、自身で作れるように勉強し現在の出店に至るのだそう。
小さな店内は厨房設備や商品が目一杯配置され、10㎡以下の面積に納まっているとは思えないレイアウトの工夫が見られました。
軒下に用意されたテラス席には、店内で買った商品をテイクアウトで楽しむhoccoの入居者が自然と集まります。
何気ない日常になりわいが隣り合うことで、住むだけでは起こり得なかった小さな雑談をはじめとしたコミュニケーションが生まれていました。
小商い賃貸は集合住宅であることがほとんどですが、誰かとともに暮らす住居形式の本来の豊かさに気づかせてくれるという側面もあるのかもしれません。
hoccoでは今後、日常を楽しむための「hoccoの日曜市」を毎月第4日曜日に開催していくそうです。非日常ではない、日常の余白の豊かさに向き合ったこの場所で、職住が近接するライフスタイルの文化が少しずつ育っていくことを楽しみに、また遊びに行きたいと思います。
文:神永侑子