《 世界のワクワク住宅 》Vol.054

都市の隙間に浮かぶ“雲の建築”<オーバースカイ・プロジェクト>〜フラムラボ(アメリカ/ノルウェー)〜

投稿日:2024年10月3日 更新日:

じりじりと照りつける日差しに体力と行動力を奪われたここ数ヶ月である。公園の遊具は触れないほど熱くなり、犬の散歩もままならない。秋の運動会を涼しい室内で行う学校が増えるというニュースを聞き、いよいよ季節は大きく歪み始めているのだなと感じる次第。

とりわけ都市部は人工的な建造物やアスファルトなどによる地表面被覆、人間活動による熱の影響から、郊外に比べて気温が著しく高くなっている。これがヒートアイランド現象(都市温暖化)である。

こうした現象に対抗する手段として、建物に遮られない「風の道」づくり、都市の緑化、保水性舗装の採用などが挙げられる。

そこからもう一歩踏み込み、まったく新しい形の都市インフラを模索する研究・デザインスタジオがある。ニューヨークとノルウェーのベルゲンに拠点を置く「フラムラボ」である。

雲を象ったモジュール式のシステム、オーバースカイ。

彼らが提案するのは、都市の上空に浮かぶ「雲の建築」。
地面に固定しないという造形面のインスピレーションのみならず、雲のメカニズムや特性を生かしたシステムなのが興味深い。

雲にもいろいろある。層積雲のような低くて厚い雲は大きく水平に広がり、太陽放射を反射する「日傘」のような機能を果たす。一方、高層の巻層雲は太陽光を通す薄さでありながら、熱が逃げるのを防ぐ、いわば大気の「毛布」。つまり雲は、温暖化に対してプラスの面もマイナスの面もあるのだ。

地球が温かくなればなるほど「日傘」となるはずの下層雲が上に押し上げられ、減少するとも考えられている。下層雲による冷却効果が弱くなれば、温暖化はさらに加速するという悪循環が待ち受けている。

オーバースカイは「結合組織」のように街の秩序を乱すことなく、補完する。

フラムラボは街に日陰をもたらす雲の利点に着目し、都市の隙間に浮かぶように建物を配置する「オーバースカイ」というプロジェクトを提案する。

モジュール式に組み合わせることができる建物は、下を通る道路や周りの建物との接触面を持つことで街の秩序を乱すことなく、「結合組織」のように存在できるという。現時点では、文化センターやアートスタジオ、オフィスや映画館など、街の文化活動を活性化するさまざまな用途が考えられるそうだ。

モジュールの外殻は熱を反射するように設計されており、周囲の環境よりも低い表面温度を維持することができる。

モジュールには放射冷却がおこりやすいコーティングが施され、ナノ単位のエアポケットを含む特殊な素材を用いることで熱を大気に逃し、都市の熱の蓄積を軽減する仕組みとなっている。フラムラボによると、研究の結果、この素材の表面は直射日光の下でも周囲の温度より4.9℃低く保てることがわかったそうだ。

放射冷却と蒸発冷却によって太陽放射を反射し、都市の熱の蓄積を抑えるよう設計されている。

また、オーバースカイは雨水を集める構造となっており、水が建物の内側に張り巡らされた細いパイプを通ることで冷却機能を果たすことが想定されている。余った水は建物の下に細かい霧として放出され、蒸発冷却によって街路環境からも熱を取り除くことができるそうだ。

建物の下側が街の騒音を吸収する設計となっている。

さらに、二酸化チタンのコーティングを採用することで空気中の汚染物質を分解し、建物の下側の幾何学的形状が地上の交通の騒音を吸収するという仕組みだ。頭上の「雲」がこれだけの利点を都市にもたらすと想像すると、とてもワクワクする。

さて、周囲との接触面が一部あるとはいえ、オーバースカイのコンセプトの要はそれが「浮く」という点にある。一体どうやって建物を浮かせることが可能なのだろう。

巨大な造形物を宙に浮かすには、空気より軽い気体が必要となる。これをLTA(ライター・ザン・エア)技術と呼ぶ。
たとえば、1937年に着陸準備中に爆発・炎上した巨大硬式飛行船のヒンデンブルク号もその一例である。この大惨事は、飛行船に対する信頼を打ち砕き、当時盛り上がりを見せていた商業飛行船の発展の歩みを止めてしまった。
しかし、近年LTA技術は格段と向上し、より安全で二酸化炭素排出量も少ないことから、再び世界中の企業の関心を集めている。

オーバースカイのモジュールもこのLTA技術に支えられている。ヒンデンブルク号の爆発は、浮力源の水素ガスが静電気で引火した可能性が大きいとされるが、ここで用いられる浮揚ガスはヘリウム。硬く、軽量のカーボンファイバーのフレームでできた「セル」に内包されたヘリウムが、アルキメデスの原理(気体の中の物体には、その物体が押しのけている気体が及ぼす重力に等しい浮力が働く)に従い浮上するという仕組みだ。

モジュールはヘリウムの入った「セル」によって浮上し、いくつかの「リンク」によって地上の街並みとつなげられている。

また、モジュールはいくつかの「リンク」によって下方の街並みとつなげられる。たとえば、遊び場、公園、レストランなど、人々を「雲」へと誘う、機能性を持った垂直方向のつながりが考えられている。

さて、本当のところ、オーバースカイに実現性はあるのだろうか。
フラムラボ代表のAndreas Tjeldflaat氏は、これが人々に思考のきっかけを与えるスペキュラティブ(思索的)なプロジェクトであることを強調する。都市の冷却がいかに難しい課題であるか、また、暑さに対する都市の脆弱性を考え、環境危機への他の対策と並行してオーバースカイのような斬新な代替案を考えてみることが大切だと述べている。

堅牢な建造物の対極にあるような、軽やかな「雲」のモチーフ。このどこか詩的な味わいのあるプランが、待ったなしの現実問題に一石を投じてくれるかもしれない。

写真/All sources and images courtesy of Framlab

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

参考資料:
国土交通省「ヒートアイランド・ポータル」

気象庁ホームページ「雲・大気現象・大気光象について」

  • この記事を書いた人

河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書や展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。2019年より「世界のワクワク住宅」の執筆を担当。このコラムでは、久保田編集長とともに、宝探しのように世界中の驚くようなデザインやアイディアに満ちた建築を探り、読者のみなさまに紹介したいと思っている。

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