《 小商い賃貸推進プロジェクト 》Vol.012

海湾を見渡せる横須賀の高台に残る“庭付き古民家の空き家群”を、職住一体の“なりわい住宅”に一斉リノベーション! DIYで理想の小商い暮らしを叶えたい人に向けた「旧市営田浦月見台住宅PROJECT」が進行中

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[小商い建築ウォーカー神永セレクト#009]

お庭のある小さな古民家の平家で、ゆったりカフェを開いたり、趣味を楽しんだりしながら手触り感のある暮らしをしたい。新たな住まいを探す時、そう思い描いたことのある人も多いのではないでしょうか。
今回ご紹介するのは、横須賀市は田浦町にある「市営田浦月見台住宅」をリノベーションし、店舗兼用の賃貸住宅として再活用するプロジェクトです。

谷戸が多い地形が特徴の三浦半島

田浦町は三浦半島の北東部に位置し、谷戸(※丘陵地や台地が侵食されてできた谷状の地形)の高低差あるエリアに住居が立ち並ぶ環境が面白い町。JR横須賀線「田浦」駅から徒歩10分ほど、谷をぐっと登るようにして辿り着く、尾根に広がる見晴らしの良い住宅地が今回の舞台。憧れの庭付古民家平屋が集まる、小さな村のような環境で、海湾を眺めることもできる立地という好条件です。
ここで、2025年7月OPENを目指して、現在企画や設計が進行中です。企画を手がけられ、運営まで伴走していく、株式会社エンジョイワークス・事業企画部の髙才ゆきさんにご案内いただきました。

1.横須賀市の公営住宅を、職住一体型の店舗兼用住宅へ

「田浦月見台住宅」は、1960年に建てられた市営住宅で、高層ビルという選択肢がなかった当時、急激な人口増加に伴い整備された平屋の住宅群です。入居者の高齢化と老朽化が進み、2020年から空き家となっています。横須賀市が取り壊した部分もあるため、残っているのは22棟58戸。

田浦月見台住宅プロジェクトのイメージビジュアル

この空き家の再生事業のプロポーザルが横須賀市で執り行われ、昨年度(2023年度)事業者として採択されたのがエンジョイワークスさん。コンセプトは「住+職一体の「なりわい住宅」」です。
市営住宅を官民連携で再生させるという、全国でも類を見ない注目のプロジェクトで、インタビューからも多くのチャレンジポイントや試行錯誤が伺えました。
物件が位置するのは第一種低層住居専用地域です(過去に紹介してきた小商い賃貸住宅のいくつかも、この用途地域に位置します)。第一種低層住居専用地域は、本来快適な住居環境を目指して設定されていますが、用途が住まいに限定されてしまうことが、現代急激に進むライフスタイルの多様化という背景においては、少々物足りない地域とも見られるシーンが増えてきたように思います。

空き家である田浦月見台住宅の現在の様子

急激な人口減少が進む横須賀市では、空き家の増加も顕著だそう。このプロジェクトでは、空き家の再生と併せ、地域に愛着を持って根付く住人を呼び込み、ライフスタイルの新たな価値創造から活性化を目指すという大きなビジョンも掲げているのです。
「ただただ住宅としてリノベーションしたとしても、店舗がなく、住人が抜けていくサイクルを繰り返してしまうと想像されました。どうしたら良いか考えていた時に店舗兼用住宅として再生させることに手がかりがあるのではないかと思いました」と話す髙才さん。
大規模な開発も難しい立地で、住居という建物の用途を変更せず、“店舗”という小さな余白機能を付随させる。最低限の手入れで“暮らし”を大きく変える手段として、店舗兼用住宅化が選ばれたとも見て取れます。果たしてどのような全貌なのでしょうか。

2.小さなシェアタウンのはじまり

月見台住宅の入り口に残る案内図

田浦月見台住宅は、リノベーション前の2024年11月時点で22棟の古民家平屋があり、世帯数は合計で58戸。1棟あたり2〜3世帯が集まる平屋のタウンハウスと言えるでしょうか。このプロジェクトのテーマは「VINTAGE&CREATIVE(ヴィンテージ&クリエイティブ)」で、古民家平屋(ヴィンテージ)を、自身でも手入れしながら、古いものとの融合を軸に新しい価値をつくること(クリエイティブ)、と設定されています。店舗兼用住宅とすることで、小さく起業するマイクロプレナーが集まってくることにも期待しているのだそう。

敷地全体の様子とゾーニング図

敷地全体は13,653㎡あり、現状の建物や環境に合わせて5つにゾーニングされています。4つの店舗兼用住宅エリアと、共用部です。共用部には住人用+来客用の駐車場(賃料別)と共用広場が用意されるほか、サウナとランドリーという気になるコンテンツも。
「店舗面積も含まれる専有住戸の居住スペースはコンパクトになるため、浴室は設けずシャワーのみの整備を想定しています。また、お部屋によっては洗濯機置き場を省略する間取りも。そのため、共用棟には浴槽もついたサウナ集会所とランドリー集会所を用意することで、居住者さんが集まることのできる場所を用意し、この町に飛び込んでくる方たちがつながりを持って暮らしていくための、コミュニティのきっかけの場所になれば、と考えました」と髙才さん。

共用棟である、ランドリー集会所とサウナ集会所のイメージ図

ランドリー集会所とサウナ集会所の間取り図。サウナ集会所には「ととのいテラス」も整備する考え  図面作成協力:株式会社ブルースタジオ

居住スペースがコンパクトになる分、屋外を含め、みんなでシェアして使うことで共有部が豊かになるというロジックは、シェアハウスの専有部と共有部の関係性に近いものを感じます。13,653㎡という住宅地エリア全体を、自分の場所の延長として捉えられるような整備手法は、例えるなら‟シェアタウン”。同じ場所に住む隣人と、身の回りの生活環境をアップデートしていくような動きも想像され、シビックプライド精神の原点がこの場所で生まれるのではないかと、話を聞きながらこの場所の未来に期待が膨らむばかりでした。

3.DIYしたい人を想定した、リノベーションメニューのある専有部

いよいよ各住戸のご紹介です。
敷地内、5つのゾーニングのうち、4つは店舗兼用住宅ゾーンです。まずは各ゾーンのライフスタイルテーマや環境をご案内したいと思います。

フード横丁ゾーンの外観(改修前)

1つ目は、フード横丁ゾーンで2棟9戸。敷地内で最も賑わう場所となることが想定されています。2棟に挟まれた広場状の屋外には、建物解体で出てくる材料をアップサイクルしたテーブルやベンチやタープが設置される予定だそう。専有部の店舗はテイクアウト営業向きの面積(もちろん客席設置も可)なので、買ったものを屋外で食べて過ごすことも想定しているとか。

クラフト&ワークショップゾーンの外観(改修前)

2つ目は、クラフト&ワークショップゾーンで4棟17戸。実は先ほどのフード横丁を含めたこのゾーンの建物はコンクリートブロック造になっていて、工房やスタジオとして作業場を持ちたい人を想定しています。

クラフト&ワークショップゾーンに面する広場から、海を望む

フード横丁を挟んだ広場側は、海も一望できる魅力的なゾーンも。夜景も綺麗で、「夏には近隣の花火大会も楽しめる」とのこと。

クラフト&ワークショップゾーンの、床と天井を解体した住戸

天井と床を解体した様子も見せていただきましたが、天井が抜けると面積以上の広がりが感じられます。髙才さんイチオシのお部屋エリアでした。

アーツ&ヴィンテージゾーンの外観(改修前)

3つ目は、アーツ&ヴィンテージゾーンで、6棟12戸。敷地の中央に位置するゾーンなので、あらゆる方向からのアクセスが可能です。アートや音楽、古着屋レコードなどの趣味を思い切り楽しみ、小商いで開いていきたい人におすすめのゾーン。小さな木造古民家らしい、質素な温かさある空間が特徴のお部屋です。道に面して開口部を設けるリノベーションが予定されています。

アグリカルチャー&パーマカルチャーゾーンの外観(改修前)

4つ目はアグリカルチャー&パーマカルチャーゾーンで、7棟14戸。 このゾーンは、他のゾーンと比べて低い場所にあり、既存の植栽を含め緑が楽しめるお庭が広がる場所。季節の植物を素材にした店舗や工房、住居としたい人を想定しています。古民家庭付きをお探しの人には、このゾーンをおすすめしたいです。

これら4つのゾーン、気になる各住戸の専有面積は、29.18㎡〜36.8㎡で、店舗面積は10〜18㎡程度と棟によって変動します。
賃料は6〜7.5万円、管理費5,000円を予定されていて(駐車場代別途10,000円/台)、スモールスタートで小商いを始める人に嬉しいのが、初期の保証料が不要であること。店舗面積に対してのみ消費税が発生しますが、敷金礼金それぞれ1ヶ月分で、自分のお店を始めることが可能です。

小商いと隣り合う暮らしをイメージした、複数の使い方間取り図

自分のお店を始めようと思った時、併せて気になるのが”内装のDIY可否”ですが、もちろん可能です。この物件の特徴の一つでもあるのが、DIYのレベルに併せて3段階のリノベーションメニューが用意されていることです。
レベル0〜2まであり、レベル0は内装スケルトン渡し。壁を建てたり、床を張ったりするるところからチャレンジしたい人向けに用意されたメニューで、内装未仕上げ状態で入居することになるため、賃料は安めの6万円台。
一方、壁をつくることはできないけど、棚を作ったり壁塗装をしたりしたいという人向けにはレベル1、レベル2がおすすめ。レベル2には屋根と壁の断熱材充填が含まれています。
DIYに伴う条件設定は「絶賛思案中(笑)」とのことですが、入居時の覚書として手入れしたい部分を提出してもらうことを考えているそうです。
さらには、ペット可、音出し可(※詳細条件あり)、法人登記可と、やりたい暮らしを実現するためにできることがフルラインナップ! 人生の違うタイミングでこの物件に出会っていたら、筆者は即入居希望を出していたでしょう(笑)。

夕方、ノスタルジックな気配が増す田浦月見台住宅

インタビュー中、敷地をぐるっと巡りながら話を聞いていたのですが、周囲に高層の建物はなく、空が広がる環境で、眺望の良い高台に小さな古民家平屋が立ち並ぶ風景。夕方はノスタルジックな気配も増し、写真を撮りたくなる瞬間がたくさんありました。
そんな豊かな屋外の風景をつくる要素の一つに、塀や仕切りのない連続的なランドスケープもありました。専有部として設けられてはいないけれど、自分の部屋の前の庭を暮らしの延長として、誰かと一緒に使う場所として活用できる。暮らしが集まり、重なることから、その地域が動き始めると考える筆者ですが、屋外に境界がないことが、誰かと暮らすことの楽しさを醸成していくのではないかと思いました。
シェアハウスや集合住宅ほど密度が高くなく、密度低く集まって暮らすことの豊かさがこの場所で始まることを楽しみに、OPEN後遊びにいきたいと思います。

現在この物件は仮申し込み受付中。2024年12月14日(土)には入居予定者も含めたクリスマスマーケットも開催されるそうなので、気になる方はすぐに問い合わせしてみてくださいね。

文:神永侑子

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神永 侑子

建築家。 AKINAI GARDEN STUDIO 共同代表。1990年茨城県生まれ。2012年愛知工業大学卒業。同年から2020年株式会社オンデザインパートナーズ勤務。2021年から2023年までYADOKARI株式会社勤務。2018年、横浜弘明寺にシェア店舗アキナイガーデンの開業と共にAKINAI GARDEN STUDIO設立。建築設計をメインとして企画から運営まで一貫した活動に取り組む。主なPJに、「洞窟のある家」(2021年)、共創型コリビング「TAMUROBA」(2022年)等。共同編著書に「小商い建築、まちを動かす!」(2022年)。

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