《世界のワクワク住宅》では、世界中にあるユニークなデザインの住宅やホテル、斬新なアイディアの実現に挑戦する企業や人、そして歴史や物語を感じさせる家などをさまざまな観点から紹介している。
私がこのページを担当するようになってから約一年半。その間、4大陸11カ国をまたぐ、20以上の家々を見てきた。犬の形をしたホテル、レゴで作った家、水に浮かぶ卵型ハウス、有名な画家の家など・・・これらに通底するのは、人が住まうところにあるワクワク感。毎回、驚きに満ちた楽しい取材をさせてもらっている。
さて、今月は少し趣を変えて、「家」・「住む」というテーマをコンセプチュアルな切り口で取り上げたある展示物をご紹介しよう。
2016年に開催された「第15回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展」。総合テーマは、「Reporting from the Front——前線からの報告」というものであった。あらゆる困難に直面する現代社会において人々はどのように生活の場を確保し、それを向上させていくのか——その「戦いの前線」をどう広げていくべきか、という一つの問いが各国の参加者たちに投げられた。
これに対しいくつもの具体的な実践やリサーチが発表されるなか、スロベニアを代表する建築家で建築学の専門家であるアリョーシャ・デクレヴァとティナ・グレゴリッチは、少し引いた視点からこのテーマと向き合った。
彼らが自国のパビリオンで発表したのは、大きな木製のブックシェルフだった。
建築の国際展で本棚とは、なんとも不思議・・・。
彼らはまず、およそ30人の建築家、デザイナー、批評家、キュレーターの協力を仰ぎ、各人の経験や専門に基づき「家」・「住む」にまつわる書籍を10冊ずつ選出してもらった。集まった約300冊の書籍はいわば「集合知としての図書館」となり、そこに人々を招き入れることによって、改めて「家」について考えを巡らせてほしいという試みを行ったのだ。
「世界のさまざまな歴史的・文化的な文脈の中で、家の定義は常に問い直されていくものです。(中略)どことでも、何とでも、いつでもつながることのできる現代において、私たちの住む場所は何を持って<家>と呼べるのでしょうか。ヴァーチャルなつながりの中で、やはり家には実体性・空間性・社会性がなくてはなりません」。そう二人は語る。
選ばれた書籍は、ご覧のような平板をラティス状に組んだ大きなブックシェルフに収められ、ビエンナーレの会場として長年使われてきた中世の造船所跡、アルセナーレに置かれた。 等間隔に積み上げられた横板に対し、立て板には角度がつけられ、アルセナーレのアーチ型の窓から差し込む光を効果的に取り込める形状だ。
彼らによれば、太陽光は「知識」のメタファー。空間に光が充満し、人々が本を手に取り、ともに語り合う場にふさわしいあつらえとなった。こうして厳選された書籍が並ぶ公的な図書館と、くつろぎと学びの空間という(概念としての)家がここに作られたのだ。インスタレーションは「Home at Arsenale」と名付けられた。
幾重にも重ねられた板は中央がすっぽりとくり抜かれたような形状になっており、観客は座ったり、立って上段の本を取ったりすることができる。
「観客の皆さんには、ここをある種の抽象的な家として体験してもらいたいのです。これらの書籍を読み、そこからインスピレーションを得て欲しい。そしてこのパビリオンを出て、自分の家や住む場所に戻り、住まいをより深く理解し、よりよいものにする。その手助けとなればと思っています」。
本棚が木製であることにも理由がある。スロベニアとイタリアは国境を接するが、古の時代、水に浮かぶヴェニスを支える杭として使われたのが、スロベニアのカルスト地方の木材だった。デクレヴァとグレゴリッチは、こうした歴史に思いを馳せると同時に、スロベニアの主要な資源である木材の可能性に今一度目を向けてほしいという願いをこの展示に込めている。
スロベニアはヨーロッパの中でも住宅の個人所有率がもっとも高い国だと言われているが、政府の統計によれば全ての家屋の21%が空き家となっているそう。多くの人々が家を持てないながらも、少子高齢化などで増え続ける空き家の問題。こうしたジレンマもまた、現代社会の「前線」にある重要な課題の一つであろう。
では、実際にどのような書籍が選出されたのかを見てみよう。
『幸福の建築』(アラン・デ・ボットン著・2008年)、『スラムの惑星』(マイク・デイヴィス著・2005年)といった現代における住まいの考察から、ミシェル・フーコーやロラン・バルトの哲学書、『ロビンソー・クルーソー』(ダニエル・デフォー著・1719年)や『砂の女』(安部公房著・2009年)など漂流や定住をテーマにした小説の類、そして『陰影礼賛』(谷崎潤一郎著・1977年)や"こんまり”の『人生がときめく片付けの魔法』(近藤麻理恵著・2014年)といった日本の美意識を紹介する書籍まで、実に幅広く、興味深いセレクションが実現した。
個人的には、誰にでも簡単に家具が作れる図案書として知られる『セルフデザイン』(エンツォ・マーリ著・1974年)を見つけたら、このブックシェルフに座り、想像を巡らせ、家に戻り机の一つでも作ってみようと思ったかもしれない。
これらの書籍は主に英語版が置かれたが、原書を置くことによって、それを読める人と読めない人との間で質疑や会話が生まれることを狙ったそうだ。書籍のリストは参加ゲストの名前をクリックすれば見ることができるので、興味のある方はこちらをご覧いただきたい。あなたが「家」や「住まい」を考えるにあたり、ヒントとなる一冊が見つかるかもしれない。
ヴェネツィアでの展示を経て、「House at Arsenale」は、今年2月までスロベニアで開催された第26回リュブリャナ・デザイン・ビエンナーレで形を変えて再展示され、新たな観客を得た。
全世界が新型コロナウイルスに翻弄され、いまだ混乱が続く2020年。外出自粛要請は徐々に緩められてはいるものの、「ステイホーム、うちにいよう」という意識の高まりとともに、各々が自分の家について考えを巡らせる機会も増えた。ヴェネツィアとリュブリャナで展示された「本棚のパビリオン」で得た知識と気づきを、今まさに活かしている人もいるはずである。
写真/All sources and images courtesy of Dekleva Gregoric Architects
取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno