「かみいけ木賃文化ネットワーク」の運営するシェアアトリエ
「アトリエ賃貸推進プロジェクト」では、アトリエ・工房付きの賃貸住宅を増やしていくにあたり、さまざまなアトリエを見学しています。今回はシェアアトリエの事例研究の第一弾として、運送会社の事務所兼住居として使われていた家屋を工作スペース・ラウンジ・ミーティングルーム・シェアキッチン付きのシェアアトリエにリノベーションした「くすのき荘」を訪ね、企画・運営されている山本直さん、山田絵美さんご夫妻にお話を伺ってきました。
「くすのき荘」は東京都豊島区にありますが、ご夫妻はそこから歩いて2分のところに「山田荘」というアパートを所有しておられ、この2棟が連動しアトリエ賃貸にもなっています。「かみいけ木賃文化ネットワーク」というプロジェクト名でご夫妻は活動を続けておられますが、お話を進めるなかで少しずつその全貌も明らかにしてまいります。それではさっそくシェアアトリエへ。
[山本直(やまもと・ただし)さんのプロフィール]
会社員時代は建築設計事務所に勤務。全国の芸術祭(越後妻有・新潟・別府・香川(伊吹島)での、アート作品づくりを通して、地域とアート、建築設計、コミュニティづくりを学ぶ。2016年から豊島区上池袋で妻の実家が経営する風呂なしアパートの活用をはじめる。木賃アパートでの生活文化、『足りないものはまちを使う』をコンセプトに、木賃文化を耕すプロジェクト「かみいけ木賃文化ネットワーク」を立ち上げる。シェアハウス・まちのリビング・シェアアトリエなどを運営し、まちとゆるくつながりをつくる。2022年に、拠点の「くすのき荘」で『令和のご近所づきあい』をコンセプトとする喫茶売店をオープンする。池八町会青年部員。
[山田絵美(やまだ・えみ)さんのプロフィール]
ハウジングアンドコミュニティ財団で、住まいやコミュニティづくりを行う市民活動団体の支援を行う。現在は、NPO法人市民社会創造ファンドで、企業や財団と協力しながら市民活動を応援。ミッションは「“まち”への愛を育てる」こと。
元・倉庫だった空間がシェアアトリエに
「くすのき荘」は運送会社の倉庫兼事務所兼住居として使われていた2階建ての木造家屋で、1975年築という年代物。
山本直さん・山田絵美さんご夫婦は、この建物を所有者から借りて、「まちのリビング」というコンセプトでリノベーションし、運営しています。
1階は元・倉庫だった空間で、今は工作室・ロビーがついたシェアアトリエにコンバージョンされています。
こちらは「くすのき荘」1階の平面図。中央に3.1~4.5㎡大のブースが7区画あります。各ブースには壁がなく、常にオープンな状態で、「“静かじゃない”、“きれいじゃない”、“ほこりもかぶる”ということを理解していただいてから借りてもらっています(苦笑)」(山本さん)。
1階には空調もないので、夏は暑く冬は寒い。これだけ聞くと、「誰も借りる人がいないんじゃないか」と思われるかもしれませんが、長らく満室が続き、さらにウェイティングの方もいらっしゃるという人気ぶり。
その秘密を解き明かしていきましょう。
条件的にはお世辞にも「良い」とは言えないシェアアトリエを借りている方たちの利用目的はさまざま。
まずは現在、どのように使われているか、駆け足でご紹介します。
はじめはイラストレーターの方が使っているブース。自宅にあったアトリエからこちらに引っ越してきて、仕事場として使っておられます。
次は美術作家の方のブース。ここでチラシを貼っていく作品を制作されています。
こちらは芸大生の方のブース。芸大では彫刻を学んでいるそうですが、このシェアアトリエでは絵を描いておられます。
先の3ブースはアート系の方たちが利用されていましたが、「くすのき荘」のシェアアトリエは美術制作を目的としていない方の利用も大歓迎。
こちらはプログラマーとして会社勤めしている方のブース。ここでは何と水耕栽培をしておられます。なかなか斬新な使い方ですね。
革製品をつくっている方もいて、制作時、ミシンを使われるから、なかなかの音がします。ほかの利用者さんが気にされるんじゃないかと質問したら、「ここは自治が基本なので、困りごとがあればみんなで話し合っています」(山本さん)とのこと。
定期的にミーティングを開き、自分たちの問題は自分たちで解決しているそうです。
こちらはプロップスタイリストの方が使っているブース。何をつくっているのだろう?と不思議な顔をして眺めていたら、「結婚式などの小道具や飾り付けを制作されています」(山田さん)と説明してくれました。
最後は入口部分にあるブース。ここにはソファーとテーブルがあるので、ロビーの一部かと思っていましたが、さにあらず。「心肺蘇生法(CPR)の普及活動をしている看護士さんが利用しています」(山田さん)とのことで、いろいろな方たちが独自の使い方をされていることがわかります。
芸大生の方が作品で使う装置についてプログラマーの方(水耕栽培をしている方)に相談するなど、利用者同士によるコラボレーションも実現していて、美術作家に限定しないシェアアトリエならではの良さはこうしたところにも表れています。
ブースの奥に工作スペースがあるのも、このシェアアトリエの特徴のひとつ。
ここには山本さんが所有している工具が備えられていて、アトリエ利用者は自由に使うことができます。
右奥にはシンクもあり、絵筆を洗ったりするのにも便利そう。
自分のブースだけではスペースが足りず困ることがあるかもしれませんが、この工作スペースを使えばその欠点も補えます。
ほかに、もともとお風呂場だった場所を塗装作業ができるスペースに変えるなど、さまざまなものづくりに対応できるよう工夫されています。
元が倉庫だったというだけあって、天井が高いのも長所です。
ストックスペースが足りない方は、ブースの上に天井板を張り、そこで物を保管していますが、これも天井高があるからできることでしょう。
なお、このシェアアトリエは、利用者には年中無休で開かれており、利用時間は朝10:00から夜22:00までとなっています。
後述しますが、2階にはシェアリビングやミーティングルームがあり、そこでワークショップや講座が開かれているときは、音を出す作業は控えていただいています。
ロビーに目を転じると、そこには屋台があり、近所に住むメンバーが北海道や板橋で都市農業を営む知人から仕入れた無農薬の有機野菜を販売していました。
この屋台には「足りなさ荘」という名前がつけられていて、外に出掛けて七輪屋台になったり、Tシャツ販売所になったりと活躍中。名前の由来は「水道も電気も設置した場所から借りる必要があり、これだけでは自立できない存在だから(笑)」(山本さん)とのこと。実にユニークです。
足りなさ荘のほかにも、閉店した銭湯からもらってきたマッサージチェアが置かれていて、取材時は近所の小学生がそこに座って本を読んでいました。
さらに入り口には本を並べている男性がいて、「ここで自分の好きな漫画をおススメしています(笑)」(山本さん)。
ロビーでは演劇が上演されることもあり、これら雑多な感じがとてもアーティスティック。
静かじゃないことを予め承知してもらってからシェアアトリエを借りていただいていると先に紹介しましたが、確かに静けさは求める方は、はじめからやめておいたほうが無難そうです(笑)。このあたりは完全に好みの問題ですね。
さて夕暮れ時になると、このロビーの様相はさらに一転するのですが、それはひとまず置いておき、「くすのき荘」の2階をご紹介しておきましょう。
こちらは2階の平面図。
2階にはラウンジ、ミーティングルーム、シェアキッチンがあります。
このスペースはシェアアトリエの利用者はもちろん、他の有料会員の方も共同で使っています。
普段の雰囲気はこんな感じ。皆さん、リラックスしていていいですね~。
創作活動に疲れたら、ここでのんびり休み、リフレッシュしてからまたアトリエに戻る。そんな使い方ができます。
ラウンジでは予約すればワークショップや講座などを開催することができます。自分で主催するもよし。興味のあるイベントに参加するもよし。どちらにしても、自身のものづくりの刺激となることでしょう。
ところで、2階の平面図には左上に白い部分があります。ここは何かと思ったら「私たち夫婦の住まいです」(山田さん)と言われたのでビックリ! そう、おふたりはこの「くすのき荘」で暮らしているんです。ご夫妻の生活そのものが実にアーティスティックなんですね~。驚いてしまいました。
山田さんが父親から相続した「山田荘」というアパートが「くすのき荘」から歩いて2分のところにあり、結婚当初はそこに住まわれていたそうです。しかし、山田荘を活用すべく家を探しているうちに「くすのき荘」に出会い、「夫婦ふたりで暮らすだけでは広すぎて、そこから今の企画が始まりました」(山田さん)。
「借りた当初、2階は滝みたいな雨漏りがしていて、大工さんの力を借りながら自分たちもDIYをして、何とか今の姿にできました(笑)」(山本さん)とのことで、築古ゆえに大変なご苦労をされましたが、努力の甲斐あって、刺激的な空間に生まれ変わったというわけです。
さて、こちらはご夫婦が新婚当初暮らしていたという「山田荘」の一室。「山田荘」は1979年築とかなり年季が入っていますが、今も現役のアパートとして賃貸されています。
部屋には小さな水場があるだけで、トイレは共用、お風呂はありません。家賃は4万円台前半からと、東武東上線「北池袋」駅徒歩7分という立地としては安いものの、借りる方はいるのだろうか?と心配しましたが、それはまったく問題なし。現在もほぼ満室状態が続いています。なぜなら「キッチンやお風呂、リビングは『くすのき荘』の2階を使っていただいています」(山田さん)から。
「風呂なし木造アパートのことを私たちは『木賃(もくちん)』と呼んでいます。木賃は今や“負動産”と化してしまっていますが、昔は家に足りないものはまちにあるものをうまく使って補っていました。台所がなければ食堂や飲み屋で食事をし、お風呂がなければ銭湯に行く。私たち『かみいけ木賃文化ネットワーク』のプロジェクトはその木賃文化を引き継いで、まちだけでなく、別の木賃も使って、楽しみながら満たしていこうということで始めたものなのです」(山本さん)。
単にシェアアトリエを運営するにとどまらず、大きな構想のもとで展開されているプロジェクトなのだということが、ご夫妻の話を聞いているうちに理解できてきました。
そして気がついたのですが、「くすのき荘」のシェアアトリエと「山田荘」を組み合わせると、立派なアトリエ賃貸になっているのですね。これまでアトリエや工房と住居が一体となったものばかりが頭にありましたが、このスタイルのアトリエ賃貸も「有り」だと私は思いました。
だいぶ長く紹介を続けてきましたが、いよいよラストスパートに入ります。
先ほど「夕暮れ時になると、このロビーの様相はさらに一転する」とお話ししたのを覚えているでしょうか?どのように変わるかと言うと、七輪に火がともり、メンバーの方たちが思い思いに食材を持ち込み、焼いて食べ始めるのです。
2階のシェアキッチンとラウンジだけでなく、1階のロビーも食堂になるというわけ。これまたビックリです。
ロビーだけでなく、「足りなさ荘」が七輪屋台となることもあります。
さらにお祭りのときには「くすのき荘」の隣りにある「くすのき公園」を使い、2階のキッチンとつないで流しそうめんを楽しむことも! 「足りないものはまちを使う」(山本さん)と聞きはしましたが、上池袋のまちはまさにフル活用されている感じです(笑)。これほどスケールの大きなシェアアトリエもそうそうないのではないでしょうか?
このアトリエ賃貸の場所や家賃などの募集条件は、「ワクワク賃貸物件集」Vol.041に掲載しています。自分も住んでみたい、シェアアトリエを使ってみたいと思われた方はこの記事で条件その他をご確認いただければと思います。空き待ち登録いただけたら、山本・山田ご夫妻へすぐにおつなぎします。
シェアアトリエの事例研究はさらに続けてまいります。次は飛騨高山まで取材に伺う予定。どうぞご期待ください。
文:久保田大介