菓子工房づくりのどのポイントでつまずいているか?
おかげさまで「自分だけの菓子工房を持ちたい」という方たちからの空き待ち登録が増え続けています(※2023年1月末時点で69名の方が空き待ち登録をしてくださっています)。
強いニーズがあることはしっかり確認できたのですが、残念ながらこの企画に関心を持ってくださる不動産オーナーとはなかなか出会えずにいます。
しかし、菓子工房を必要としている方々をいたずらにお待たせてしておくのは、とても心苦しい・・・。
そこで「少しずつではあるけれど、菓子工房づくりをサポートする仕組みをつくったらどうか」と考え始めました。
その第一歩として、菓子工房を持ちたい方がつまずきやすいポイントはどこなのか、私自身が把握する必要があると考え、どなたかに協力いただいて、菓子工房づくりのすべての過程をご一緒してみようと思い立ちました。
今回、白羽の矢を立てたのは岡本来(おかもと・らい)さんという女性です。
岡本さんは2022年8月13日に次のメッセージを添えて菓子工房に空き待ち登録をしてくださいました。
岡本来さんからの最初のメッセージ
東京都西エリアで菓子製造許可の取得できる賃貸物件を探しています。アイシングクッキーに特化して製造を考えています。小金井市、小平市、国分寺市あたり、西武新宿線またはJR中央線エリアです。賃料は10万円前後で探しています。よろしくお願いいたします。
空き待ち登録をしてくださる際、ほとんどの方がメッセージを添えてくださいますが、「何をつくっているか」、「どのエリアで探しているか」、「上限家賃はどれぐらいか」などの情報を具体的に伝えてくださる方は実はそう多くありません。
岡本さんはこの点が明確で、その後8月16日までの間にメールを4往復し、「シェアキッチンを運営したいと考えていますか?」、「改修工事費の上限はどれぐらいでしょうか?」と質問を重ねたところ、「シェアキッチンは今のところ考えていない」、「工事予算は100万円くらい」とテンポよく回答してくださいました。
この方ならサポートしやすそうだと感じ、また国分寺エリアで一緒に物件探しをしてくれる不動産会社仲間がいたこともあり、岡本さんの菓子工房づくりをお手伝いさせていただこうと勝手に決めました。
それから約3ヵ月後、岡本さんは西武国分寺線「恋ヶ窪」駅徒歩2分という場所に、自前の菓子工房を持つに至ります。
今回はこの菓子工房づくり(※便宜的に「恋ヶ窪プロジェクト」と名付けました)の全過程を簡潔にレポートさせていただきます。
皆様の菓子工房づくりの参考としていただけたら幸いです。
恋ヶ窪プロジェクト全記録
8月23日 Zoomミーティング
岡本さんとメールのやりとりを4往復させていただいたのち、岡本さんの菓子工房づくりをサポートしようと決意する。
ただ、メールのやりとりだけで岡本さんのことはよくわからないし、そもそも岡本さんがそれを望まない可能性もあるので、Zoomミーティングを持ちかけたところ、ご快諾くださる。
8月23日、Zoomミーティングを実施。
はじめに岡本さんが菓子工房づくりにどれぐらい知識や経験があるか確認するため、“釈迦に説法”となるかもしれないことを承知のうえで、菓子工房をつくるのがなぜ難しいのか説明しながら、岡本さんの菓子工房づくりの経験も確認。 岡本さんは、Vol.003でご紹介した「夢見キッチン」の山本蓮理さんが運営するシェアキッチンを利用されたことがあり、菓子工房づくりのセミナーも受講したこともあるが、具体的に動いたことはないとのこと。
お話をする中で、岡本さんがとても真面目で誠実なお人柄であることも感じ取れたので、今回のサポート企画を説明してみる。
以前、「アトリエ賃貸推進プロジェクト」Vol.017で取材したラビットホームの兼松信吾社長に協力を仰ぎ、物件探しからお手伝いするので、有償とはなるが我々に菓子工房づくりを委託いただけないかと打診したところ、「是非に!」と言っていただける。
【岡本さんのコメント】
読んでもらえるのかわからないけれどメッセージを添えて登録をしました。まさか返信をしていただけるとは思わなかったのでびっくりしました。メールではまだ少し半信半疑な気持ちでしたが、Zoomでお話しできたことで信頼感が湧きました。菓子工房づくりのセミナーを受講してなんとなくわかっているつもりでいましたが、なぜ工房作りが難しいのかというところを不動産屋さんの視点から(用途地域など)詳しく教えていただき、一人では乗り越える壁が多いのだなと再確認しました。
9月1日 ラビットホーム訪問
ラビットホームの兼松社長は「東京アトリエさがし」というサイトを運営し、美術作家さんなどのアトリエ、工房を仲介する仕事をしておられる。
岡本さんのサポートを始める前に、兼松社長には「菓子工房もアトリエに似ている要素が多いので、お仕事の枠を広げていただけないか?」と打診し、夢見キッチンを一緒に見学し、菓子工房に必要となる要件を把握していただいていた。
9月1日に岡本さんと一緒にJR中央線「国分寺」駅にあるラビットホームを訪問。
この日は顔合わせ程度にとどめるつもりでいたが、兼松社長は菓子工房にできそうな賃貸物件を20件もピックアップし待っていてくださっていた。
さっそく募集図面を1枚ずつ見ながら、菓子工房に向いているかどうかチェック。
菓子工房に向いているかどうか、というのは、改修工事が可能かどうか、可能だとしたらどれぐらい工事代がかかりそうか判断することを指す。
兼松社長はさらに菓子工房のことを勉強してくださっていた様子で、大半の物件が菓子工房に向いていた(さすが!)。岡本さんはその中から、自宅から自転車で通える2件をピックアップ。
さっそく兼松社長の車で内見に行くことにする。
はじめに西武国分寺線「恋ヶ窪」駅から徒歩2分の場所にある物件を見る。
前のテナントさんが退去したばかりで、ちょうど原状回復工事をしているところだった。
岡本さんはかなり気に入ったご様子。
もう1件はまだテナントさんが入居中で、この日はお休みだったので中を見ることはできず、外観だけ見る。こちらはちょっと古さが目立つためか、あまり食指が動かないように見える。
恋ヶ窪の物件は家賃も岡本さんの予算内だったので、入居申込みするかどうか、じっくり考えていただくことにする。
【岡本さんのコメント】
図面をぱっと見てもよくわからない私の横で、おふたりが「これは作りやすそう」と、さくさく確認していくので、ほぼお任せ状態でした。その中からさらに私の気になる物件を聞いてくださり内見に行きました。1人では1日でここまで進めないと思いました。現地に行ってみると少し広いかなと思いましたが立地と室内の状態が良くて気に入りました。
9月2日 入居申込み
内見の翌日、岡本さんから「入居申込みをしたいです」というメールを頂戴する。
岡本さんの決断は常にびっくりするほど速い。
さっそく兼松社長に連絡し、入居申込み手続きを依頼する。
一緒に現地を見た際、岡本さんの改修工事予算内(100万円くらい)で収まるだろうと見当をつけていたが、私の素人判断では危険なので、工事業者さんに概算見積りをしていただくことにする。
今回はVol.004の記事で紹介した“日本一小さい(かもしれない)菓子工房”をつくってくれた工事業者さんに相談。
見積り依頼をした工事内容は下記の通り。
[見積り依頼した工事内容]
❶トイレの前スペースに壁と開き戸をつけて「前室」にする(キッチンスペースにダイレクトに出ないための空間が必要)
❷その「前室」に小さな手洗いを設置する
❸キッチンの横(冷蔵庫置場スペース)にシンクを設置する
岡本さんからは「料理教室をすることは可能でしょうか?」、「販売スペースを設けてもよいでしょうか?」という2点の質問があり、兼松社長から管理会社さんに相談してもらう。
ただし、販売スペースを室内につくるとしたら、間仕切り壁と扉が必要になるので、工事代金はかなり嵩むことになることを岡本さんには伝える。
9月4日 工事代の概算
工事業者さんに依頼して2日後、概算見積りの連絡が来る。
「床が根太組みかモルタルかによって異なるが、40万円~70万円+α程度だろう」とのこと。
正確な見積りは現地を見ないと出してもらえないが、岡本さんの予算(100万円くらい)以内では収まることは間違いなさそうで安心する。
【岡本さんのコメント】
概算を出していただけたことで申込み取り消しや予算オーバーになる心配は拭えました。自分には工事業者の知り合いはいないため、久保田さんの知り合いの業者さんにお願いすることができて心強かったです。この工事費用は妥当なのか?と不安になることもなく安心してお任せできました。
9月5日 管理会社からの内諾
今回の物件は管理会社さんが自社で所有しているものだったため、オーナーに打診する必要がなく、結論が早く出てきた。
菓子工房として利用することはOKで、料理教室、販売も大丈夫とのこと。
家賃保証会社を使うことが義務付けられていて、さっそくその審査手続きを始める。
9月9日 保証会社の審査承認
4日後、保証会社の承認が下りる。
今回、改修工事を行うが、その内容を把握したいので工事プランの提示を求められ、私のほうで資料作成を請け負う。
9月13日 保健所事前相談
私の考えたプランで改修工事を行えば保健所が営業許可を出してくれるかどうか確認するために、保健所に事前相談に行く。
国分寺市を管轄するのはJR「立川」駅にある「多摩立川保健所」で、岡本さんにも同行していただいた。
窓口対応してくださった方はとても親切で、丁寧に私のつくったプランを見てくださるが、びっくりするほど注文が多く、岡本さんは少し戸惑っている様子。
たとえば「小麦粉を使う作業をするときは、仕切られた場所で行わないと小麦粉が室内全体に舞ってしまいます」などという具合。
私はこれまで何度も保健所で相談をしてきたため、今回のご担当者が「しなければならないこと」と「した方がよいこと」を混ぜて話されていることがわかったので、途中から「それはしなくてはならないことですか?」と質問を挟むようにした。
ほとんどが「した方がよいこと」だとわかり、岡本さんの表情が和らぐ。
結果、私が考えている通りに改修すれば、菓子製造の許可をいただけると判断できた。
【岡本さんのコメント】
もしも1人で行っていたら、「した方がよいこと」を「全部しないと許可は下りない」と思いこみ、自分には菓子工房作りは無理そうだとそこで諦めていたのではないかと感じました。同じような方が結構いるのではないかなと思いました。やるべきことはそんなに多くはないのだなと感じました
9月15日 工事業者と打合せ
概算見積りをしてくれた工事業者さんと恋ヶ窪の現場で打合せをする。
岡本さんと業者さんはこの日が初顔合わせ。
業者さんは男女ひとりずつ来てくれ、男性が専門的な話を、女性が岡本さんに寄り添って要望をすくい取ってくれたので、岡本さんもリラックスして話ができている感じ。
岡本さんからは「前室に人感センサー照明をつけてほしい」という要望があり、それを加えて見積書を作成することにする。
現場打合せをしているときに、前室としたい場所にある勝手口は、洗面台を設置すると出入りがしづらくなることがわかる。
それは火災が発生したとき、避難通路を塞ぐことになると役所に判断されることになるかもしれないと思い、その足で岡本さんと一緒に国分寺市役所の建築指導課を訪ね質問する。
結果、「問題なし」と言われ安心する。
【岡本さんのコメント】
ときわ台の菓子工房を工事した業者さんなのでこちらの意図を汲み取ってくれて、私がどうしたいかということを大変伝えやすかったです。親切で細やかなご提案などもしていただけて、やり取りがとてもスムーズでした。安心してお任せできると感じました。
9月16日 工事プランを提出
現場打合せの内容をふまえ、改修工事プランをまとめ(と言っても手書き)、兼松社長経由で管理会社さんに提示していただく。
9月18日 工事プラン承認
管理会社さんが改修工事プランを承認してくださり、契約手続きを始めることになる。
兼松社長にそのまま仲介に入っていただく(賃料の1ヵ月分[税別]の仲介手数料も発生する)。
以後、岡本さんの契約手続きは最後まで兼松社長がサポート。
9月22日 工事の見積書受領
工事業者さんから正式な工事見積書が出てくる。
税込みで52万円程度。概算に狂いがなかったことがわかり安堵。
9月26日 賃貸借契約締結
岡本さんが管理会社さんを訪ね、賃貸借契約を締結。
10月10日より契約開始となり、翌10月11日から工事を開始できるよう手配することになる。
【岡本さんのコメント】
書類を各種揃え手続きに行くのはとても緊張しました。兼松さん、久保田さんのサポートのおかげでここまで短期間でさくさくと進んだことに、驚きと、これからいよいよ工事が始まるんだと思うとワクワクする気持ちがありました。
10月11日 工事開始
10月11日に工事を開始。完工は10月28日の予定。
岡本さんから追加工事の依頼があり、10月12日に現地で工事業者さんと直接打合せをしていただく。
追加することになったのは「オーブンレンジ用コンセント(アース付き)の追加」、「入口扉にカッティングシートとフィルム貼り」、「入口にロールスクリーン設置」の3点。
追加分も含め、工事代は合計で65万円程度になる。
10月29日 工事完了確認
工事は順調に進み、予定通り10月28日に完成。
翌10月29日に岡本さんと菓子工房に行き、全てきれいに仕上がっていることを一緒に確認する。
【岡本さんのコメント】
まるで元々そこにあったかのように壁とドアが付き、シンクや手洗いもきれいに収まっていてとても感動しました。そしてここからは中の設備を自分で決めていかなければならないなと思いました。
11月7日 保健所営業許可申請
岡本さんは菓子工房に冷蔵庫、オーブン、作業台など入れる作業を進めつつ、11月7日に保健所に営業許可申請に行く。
途中、申請手続きに関する質問には随時回答してさしあげる。
11月17日に現地検査に来ていただくことが決まる。
11月17日 保健所の現地検査
保健所の現地検査が予定通り11月17日に実施され、「問題なし」と判定される。
これにて菓子工房は無事に完成!
岡本さんが空き待ち登録をしてこられたのが8月13日だったので、その日から約3ヵ月、ラビットホームに初めて行った日(9月1日)が具体的な行動を始めた日なので、そこからカウントすると2ヵ月半で自前の菓子工房を持つことができた。
岡本さんが決断力にすぐれた方だったことがスピード完成の決め手になった。
【岡本さんのコメント】
確認をしてから工事に入っているので許可が取れないことはないはずなのに、それでも緊張しました。施設面(やるべきこと)に関しては見ての通りで問題なく、衛生面・管理面(やった方がよいこと)での指導や質問が多かった印象でした。「明日から営業開始できます」と言われた時はとにかくほっとしました。
11月22日 最後の取材
保健所の現地検査には同席しなかったので、完成した菓子工房を見せていただくため11月22日に訪問。
岡本さんはこの菓子工房に「atelier ツバメ」という名前をつけておられた。
この日は実際にお菓子をつくっている姿を撮影させていただく。
岡本さんはアイシングクッキーをつくっていると伺っていたが、実はアイシングクッキーがどんなものかわからないままお付き合いをしており(クッキーを凍らせるのだと思っていた)、恥ずかしく思う。
同時にアイシングクッキーをつくるのに、さまざまな専用道具が必要であること、乾燥に長い時間を要することがわかり、最後になって岡本さんがなぜ自前の菓子工房を必要としていたのかを理解する。お菓子づくりのことをもう少し勉強しなければならないと反省。
別れ際、岡本さんから「ワクワク賃貸」のキャラクターをデザインしたアイシングクッキーをプレゼントされビックリ。
岡本さんの気持ちに感激しながら「atelier ツバメ」を後にした。
おわりに
岡本さんの菓子工房づくりの全記録はいかがでしたでしょうか?
3ヵ月にわたるお付き合いのなかで、私が一番感じたことは「菓子工房づくりにあまり時間をかけてはいけない」ということでした。
お菓子をつくり、それを売るということだけでも大変なのに、菓子工房づくりに何ヵ月も何年も費やしてしまうのはあまりにもったいない。
情熱は菓子工房づくりでなく、お菓子づくりに傾けるべきです。
岡本さんの例でいきますと、岡本さんは誕生日のお祝い用やノベルティなどオーダーメイドのアイシングクッキー制作をメインにされていますが、「今後は野鳥のクッキーもつくっていきたい」、「よりリアルな野鳥のクッキーをつくるために3Dプリンターを学び、自分で型枠からつくりたい」と言っておられました。
しばらくして、岡本さんから本当に3Dプリンターの研修を受け始めたと報告をいただきました。菓子工房づくりに余分なエネルギーを費やしてしまっていたら、すぐに次の展開に移れなかったかもしれません。
そして“自分の城”を持つことで、本気でお菓子づくりに取り組んでいくようになるとも感じています。自前の菓子工房を持ったら、覚悟が定まるのでしょう。その意味でも、ひとりでも多くの方に、スピーディーに菓子工房を持っていただきたいと切に思います。
ところで今回、私はサポート(コンサルティング)費用として、10万円(税別)を岡本さんから頂戴しました。
取材を兼ねてのコンサルティングだったので、かなり安く設定させていただいたつもりですが、全過程を終え、あらためて岡本さんにこの金額についての感想を伺うと、「20万円ぐらいの価値はあると思いました」と言っていただけました。
倍の価値はあったということで、ありがたいお言葉ではありますが、実際、今後も20万円でこのコンサルティングを請け負えるかどうかというと、サポートに費やす時間と労力、責任などを考えれば、私のビジネス的には微妙です(どなたもが岡本さんのように決断力が速く、トントン拍子に進んでいくとは限りません)。
ただ、自前の菓子工房を持つために苦労されている方たちのお役に立ちたい気持ちも強いので、バランスの取れるラインを模索したいと思います。
最後に岡本さんからのメッセージを紹介して、本稿を閉じます。
岡本さんには3ヵ月にわたり密にご協力いただけて深く感謝しています。この場を借りて御礼申し上げます。
岡本さんのコメント
乗り越える壁が多い分、「工房作りがゴールではなく、できてからが岡本さんのスタートですね」とはじめに久保田さんに言われた言葉のおかげで、工房完成後燃え尽きてしまわずに、素早く気持ちを切り替えてスタートを切れました。お声がけいただきサポートしていただけたことに大変感謝しています。
文:久保田大介