壁に穴を開けたい人はたくさんいる
私は長年賃貸住宅の管理会社に勤務するなかで、数多くのDIY可能賃貸住宅(DIY賃貸)を企画してきました。その多くは自由に穴を開けられる「DIY可能壁」を用意していて、入居者さんは自由に棚を取り付けたり絵を掛けたりしています。
最近「DIY可能壁以外の壁にも穴開けしたい」という要望が多いので、新たなルールを作るべく、賃貸住宅の壁への穴開け問題について迫りたいと思います。
一般的な賃貸住宅の穴あけルールはどうなっているか
そもそも、賃貸住宅に住んでいる方が、壁に穴を開けないのはなぜでしょうか。
「穴を開けたら退去時にお金がかかるからに決まってる!」
と言う声が聞こえてきそうです。 賃貸住宅には原状回復義務があるので、たとえば壁に好きな絵を掛けたいと思っても、「壁に穴を開けたら退去時にお金を請求されるはずだし、いくらかかるか不安だからやらずに我慢しよう」となっているのが現状ではないかと思っています。
では、一般的な賃貸住宅において、壁に穴を開けた場合の費用負担についてはどんな決まりがあるのでしょうか。
敷金精算の基本的な考え方の指針となっている国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」を見てみましょう。
ガイドラインの規定によると、原状回復の定義とは、「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、 善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」となっています。
簡単に言うと「通常の使用による損耗は大丈夫だけど、借りた人の故意・過失や、通常の使用を超えたことによる損耗は弁償してね」ということです。
壁に穴を開けるという行為については、画鋲やピン等の穴については通常使用による損耗、ネジ穴やビス穴については通常使用による損耗を超えると考えられています。
ピン穴は原状回復義務がないことを受けてか、石膏ボードピンを使って設置するフックなどがたくさん販売されています。
通常ならビスを使用しないと壁に掛けられないような重いものにも使える「ハイパーフックかけまくり」や「壁美人」などの商品もあり、役に立ちます。
石膏ボードフックはその名の通り石膏ボード壁用で、コンクリート壁、和室の土壁・砂壁・繊維壁、ベニヤ板のような木壁には使えませんので注意して下さい。
DIY可能な賃貸「「ワク賃023」」の穴開けルールとは
私が企画したDIYサポート付き賃貸「ワク賃023」を事例として考えていきましょう。
「ワク賃023」の壁への穴開けのルールはこのようになっています。
●予め用意してあるDIY可能壁については、穴開け自由で退去時の原状回復義務もなし。
●その他の壁については、穴を開けたい場所について申請書を提出し、オーナーの承諾を得る。
ちなみに、DIY可能壁はこのような見た目です。
「ワク賃023」の入居者さんはこんなふうに使ってくれています。
「ワク賃023」のDIY可能壁は二面あり、LDKの奥の壁と、寝室となる洋室の横の壁が穴開け自由になっています。
「ワク賃023」は鉄筋コンクリート造で、この二面の壁は元々和室の繊維壁でした。
下地がコンクリートになっており穴が開けられないため、構造用合板を貼って壁全体を下地とすることで、どの場所でもしっかりビス留めできるようにしています。
ちなみに、建築基準法や消防法には内装制限というルールがあり、内装制限のある場所にはこの方法ではDIY可能壁は作れません。
内装制限とは、火災に際して安全に避難するための時間を確保する目的で、建築物の火災初期の燃焼を妨げるために、室内の壁や天井の仕上げを不燃性または難燃性のものに限定する規定のことです。
木でできている構造用合板は燃えやすいため、内装制限のある場所にそのままでは使えないのです。
内装制限のある場所にDIY可能壁を作れないのかというと、そうではありません。
その場合は、構造用合板の上に、その場所の内装制限に合わせて、不燃材料や準不燃材料の石膏ボードを上貼りします。
石膏ボードは石膏を固めて板状にしている建築材料で、耐火性に優れているのです。
DIY可能壁以外の壁にも穴開けOKにするには?
「ワク賃023」にはDIY好きな人がたくさん住んでいるので、「DIY可能壁以外にも穴開けしたい」という相談が多く寄せられています。
企画した私だけでなく「ワク賃023」の大家さんも、入居者さんにはなるべく自由にDIYをしてもらいたいと考えています。しかし、賃貸住宅の壁にはさまざまな理由から穴を開けてはいけない部分があり、簡単に判断するのは危険です。
そこで、DIY可能壁以外は入居者さんから私たち管理会社に「この場所にこういう目的でこんなふうに穴を開けたい」と申請していただき、申請を受けた私たち管理会社は、自分たちで判断が難しいものについては建物の施工会社や建築士などの専門家に相談し、そこに穴開けしても問題ないかを確認するルールにしていたのです。
要望が多くなってきたので、申請がある都度にどうせ調べるのであれば、初めから全ての壁のうち穴開けOKな壁を調べておこうと考えました。
何を隠そう「ワク賃023」には、建築法規についてアドバイスをくださる優秀な一級建築士が3名ついているのです!
賃貸住宅には、たとえ大家さんがOKと言ってくれて、技術的に穴を開けることができるとしても、自己判断で穴を開けてはいけない壁があるのです。
それは、住戸と住戸の間の「戸境壁」です。
その壁に穴を開けたことによって、耐火、遮音、断熱などの住宅性能を損なう可能性があるからです。
また、戸境壁以外の壁でも、水回りの給排水管の付近の壁、コンセントやスイッチやインターホンなどの電気配線の付近の壁は、穴を開けてはいけません。給排水管や電気配線に傷を付けてしまったら大変です。
「ワク賃023」の壁は、どこが穴開けしてはだめで、どこならよいのかを、一級建築士の新堀学先生に相談してみました。
新堀先生から言われて、大家さんから竣工図を預かってきました。
玄関、脱衣室、洋室の壁に穴を開けたいという要望が多いことをお伝えすると、新堀先生は竣工図面をパラパラとめくって何やら調べ始めました。
「『ワク賃023』は壁式鉄筋コンクリート造で、コンクリートの壁が構造と防火区画を兼ねています。構造を支える壁や、防火区画になっている壁には穴を開けてはいけません」
そして、平面詳細図と書いてあるページを見せてくれました。
穴を開けたい場所にもコンクリートの壁がありました。ということは、穴を開けてはだめなのでしょうか・・・
「『ワク賃023』の場合は、コンクリート壁の部屋側に仕上げのベニヤ壁があるので、ベニヤ壁には穴を開けても大丈夫です。コンクリート壁の上に胴縁という木の下地材があり、その上にベニヤ壁が貼ってありますので、コンクリート壁とベニヤ壁の間には空間があります」
実際に現地に行って、ベニヤ壁に設置してあったプレートを外して壁の中を見てみました。ここはもともとガス栓があった場所のようです。
よく見てみたら、ベニヤ壁であることがわかりました。
「内装仕上表を見ると、玄関や脱衣室は厚さ4ミリの化粧プリントベニヤ貼り、洋室は厚さ4ミリのラワンベニヤにクロスが貼ってあることがわかります」
「この奥に胴縁があり、更に奥にコンクリート壁があります。コンクリート壁を傷つけなければ、この化粧ベニヤやラワンベニヤには穴を開けても大丈夫です。胴縁部分めがけてビス打ちできない場合は、適切なアンカーを使って下さい」
やったー!!!
早速入居者さんに連絡し、洋室の壁に穴開けOKの件を伝えました。
賃貸住宅の壁への穴開けは、竣工図面などで壁の仕上げを確認することが大切なのですね。
また、戸境壁については素人判断をせず、建築士などの専門家に相談して建築法規を確認しなければ危険だということも良くわかりました。
私は賃貸不動産の管理業に長く従事していますが、建築の専門家ではないので、自分では壁に穴開けOKかどうかを調べることができません。
今まで建築士の先生たちは雲の上の存在で、こんなことを聞いて大丈夫なのかと思っていましたが、新堀先生が気さくに教えてくださったので身近に感じることができました。
新堀先生、どうもありがとうございました!
このコラムを最後まで読んでくださった皆さんは、建築法規に少し興味が出たのではないでしょうか?
賃貸住宅でDIYをしたいならば、建築法規のことを少し知っておかなければなりません。
私もそれが勉強したくて、このコラムでご紹介した3人の一級建築士さんにお願いし、一緒に「賃貸DIYガイドライン」を作成しました。
次回のコラムではこのガイドラインを題材に、もう少し詳しく建築法規についてお話ししたいと思います。
一般社団法人HEAD研究会のホームページからダウンロードできるので、関心のある方は予習しておいくださいね。
文:伊部尚子
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