賃貸住宅でDIYをやってみたいけれど・・・
DIY可能な賃貸住宅(=DIY賃貸)に興味はあっても、「DIYした後、退去する時に原状回復費用がかかるのでは?」と心配する声をよく聞きます。「DIY可能と言っても、たくさんの原状回復費用を請求されるのだったら、普通の賃貸と変わらない」と思う方もたくさんおられ、それはある意味もっともなことだと思います。そこで今回は、DIY賃貸の退去時はどんな感じなのかをご紹介しながら、大家さんや管理会社がどのように考えているかをお伝えしたいと思います。
住まい手も心配、大家さんや管理会社だって心配
賃貸住宅でDIYをして解約する時のいわゆる敷金精算については、住まい手側の立場の皆さんもいろいろな心配があると思います。でも、それと同じくらい、もしくはそれ以上に、大家さんや管理会社も心配なのです。
私は管理会社という仕事柄、たくさんの大家さんに「DIY可能で貸しませんか?」と提案してきましたが、「お部屋をめちゃくちゃにされたら困る」「変なふうにされて次の人に貸すときに困るのは嫌だ」とよく言われました。「ちゃんと原状回復してくれるならいいよ」とおっしゃる大家さんもいますが、それではDIY可能な賃貸住宅に住みたいと考える皆さんの意向には合わないと思います。全部元に戻すならば、普通の賃貸住宅と変わらないからです。
大家さんがそう言われる気持ちはとても良くわかります。私自身も、これまでの長い管理会社勤務の経験の間に、入居者さんが無断で行ったDIYで困った経験があるからです。
ある男性入居者さんが退去されたお部屋では、壁とキッチンの面材が真っ黒になっていました。驚いてよく見たら、黒いビニールテープが隙間なくびっしりと貼られていました。今のように幅広のマスキングテープや貼ってはがせる壁紙シールなどがなかった時代だったので、すごい手間だったであろうことが想像され、「ここまでして黒い内装にしたかったのか」と、その情熱に感心してしまいました。その後のリフォームで、壁紙は貼り替えなので良かったのですが、キッチンの面材に貼ったビニールテープが劣化していてきれいに剥がれず、リフォーム業者さんがかなり苦労されたのです。
一番困ったのは、都内の一等地にある和室二間の2DKのマンションの柱を、全部水色のペンキで塗られてしまったときです。もちろん原状回復はやろうと思ってもできません。今の私ならそれを逆手に取って新たな内装へとリフォームするところですが、15年位前の話でそんな発想は全くなく、大家さんと二人で途方に暮れたのをよく覚えています。
程度や頻度の差こそあれ、多くの大家さんや管理会社は似たような経験をしているので、「DIY可能にしたらお部屋を変なふうにされるかも」と考えてしまうのです。
退去時の心配無く、DIY可能で借りる・貸すには
借りる側と貸す側両方ともが、退去時に不安がないようにDIY可能賃貸を作るにはどうすればよいのか。最初に私が考えたのは、「DIYできる場所と行為を決め、原状回復の要・不要についてもしっかり取り決めておく」ことでした。
ワク賃023での賃貸借契約の特約はこのようになっています。
特約事項
2.下記①~⑥のDIY工事について、乙は本契約締結後速やかに甲指定のDIY商材店にて材料の選定を行い、甲に申請書を提出するものとする。甲は申請書の受領後速やかに、材料を乙に支給するものとする。乙は、施工について甲の指定する業者の指導の下で行うものとする。
①6畳洋室・4.7畳洋室の床にクッションフロアを貼る。
②6畳洋室西側壁・LDK西側壁・トイレ壁・洗面所壁に輸入壁紙を貼る。
③キッチン流し台と吊戸棚の間の壁にモザイクタイルを貼る。
④6畳洋室入口ふすまの表・裏にふすま紙を貼る。
⑤玄関・脱衣所・トイレ・LDKの木目壁部分、その他既存壁紙部分、既存ふすま紙部分にペンキを塗る。
⑥LDK入口ドア、洋室4.7畳入口ドア、収納引き戸4枚にペンキを塗る。
3.上記特約事項1の規定にかかわらず、本物件の6畳洋室東側壁、LDK東側壁にビス穴をあける工事については申請書の提出は不要とし、明渡し時の原状回復義務もないものとする。
そして、賃貸借契約と同時に交わす、DIY工事に関する合意書には、原状回復義務についてこのように書かれています。
(明渡し時の収去等及び原状回復義務)
4 本物件の明渡しに際し、工事部分に係る残置又は撤去の別、残置する場合の補修の要不要及び原契約第●条に規定する乙の原状回復義務の有無については、概要表に記載のとおりとする。
残置する場合に補修を要するとされた工事部分については、明渡し時に工事部分の本来有する機能が失われている場合には、「(別掲)修繕負担に関する特約」の規定に準拠して乙が補修を行うこととする。
原状回復義務ありとされた工事部分については、乙の責任と負担で工事部分を原状回復し、又は乙が原状回復費用を負担しなければならない。
(明渡し時の精算等)
5 本物件の明渡しに際し、工事部分についての諸費用の精算又は買取り(以下「精算等」という。)の有無については、概要表に記載のとおりとする。
精算等をありとする場合、原契約が終了したときは、甲は工事部分の残存価値又は時価を乙に対して支払わなければならない。
精算等をなしとする場合、工事部分の精算等に関しては、乙は甲に対し、その事由、名目の如何に関わらず一切の請求をすることはできない。
文章になるとかなり大げさでわかりにくいですが、
◆予め決められた場所・行為については原状回復義務なし
◆追加でやりたいDIYは都度申請し、内容によって原状回復の要・不要を決める
という形になっています。
実際にワク賃023をDIY可能で貸してみると、多くの入居者さんから追加のDIY申請がありました。現在10部屋をDIY可能で貸し出ししていますが、追加で申請があったDIYで、原状回復が必要とされたものは一つもありません。
DIY可能賃貸での退去の実例を見てみよう
そして今回、ワク賃023のDIY可能なお部屋で、初めての退去がありました。私にとっても、DIY可能で貸し出したお部屋での退去は初めての経験です。
入居者さんからは、「お部屋に合わせてDIYで作った家具や、購入した照明器具も置いていっていいですか?」というお申し出があり、快諾しました。この入居者さんのお部屋には何度か訪問させていただいたことがあり、インテリアのセンスやDIYの腕が良いことを知っていたので、次の入居募集にプラスにこそなれ、マイナスには絶対にならないであろうという自信があったからです。
この部分は、賃貸住宅でDIYをする人には覚えておいて欲しいポイントです。多くの大家さんや管理会社は、この点が安心できれば原状回復不要と考えるからです。
この入居者さんの敷金精算は、当初のお約束通りルームクリーニング代のみ頂戴して、後は返金させていただきました。御礼の言葉をいただいての円満退去です。 そして、気になる室内の様子を見ていきましょう。
まずは、LDKです。奥のビス穴あけ自由なDIY可能壁は、入居者さんが選んだ輸入壁紙が貼られています。
入居者さんからは、「大きな鏡を掛けていたビスを残していきます」と言われていました。
お気に入りの大きな鏡をリビングに掛けたいと、入居前のDIYのときからおっしゃっていたのです。かなり重いので、しっかりとしたビスでないと引っ掛けて支えられません。その点、ワク賃023のDIY可能壁は、構造用の合板が壁紙の下に貼ってあるので、ビスがしっかりと効く作りになっています。
退去後に残されていたビスは1本でした。
一般的な賃貸住宅では、ビス穴を開けたら原状回復義務が発生します。その費用についての考え方は、以前の記事に詳しく書きました。
しかしここはDIY可能賃貸です。次の入居者さんもDIY好きな人が入居するはずなので、募集に支障が出るとは思えません。このビスに何かを掛けても良し、必要がなければ外して他の場所で使っても良し。なんの問題もないと思います。
リビングにあるクローゼットには、平安伸銅工業株式会社さんのラブリコを使ってDIYした棚が残されていました。ラブリコは天井や床を傷つけずに2×4材を柱として突っ張ることができる便利なDIYパーツです。2×4材には余ったペンキで塗られ、かわいい水色になっていました。
ここは元押し入れで奥行きが深いので、ハンガーバーの奥のスペースが余ってもったいなかったのだと思います。側面が薄いベニヤなのでビス打ちができないため、ラブリコを使った棚を設置されたのでしょう。
お部屋の使い勝手を一番知っているのは大家さんでも管理会社でもなく、そこに住んでいる入居者さんなので、暮らしに関心の高い入居者さんが「より便利にしよう」と思って行ったDIYには大きな意味があると思います。次の入居者さんにもこの棚は便利なはずです。
もちろん外したければ外せますし、ほかの場所で使うこともできます。DIYが好きな方なら、いろいろな利用方法を考えて使ってくださると思うので、これも残していただいて正解だと思います。
仕事で使っていらした洋室には、リビングと同じくDIY可能壁があります。
入居者さんはこの壁にも、絵をかけたり棚を付けたりしてDIYを楽しまれていました。
ここは、設置した棚と絵を掛けていたビスを残して行きますと言われていました。以前拝見したときに、お部屋の雰囲気に合う素敵な棚板と棚受けだと思っていたので、残していただけると聞いて楽しみにしていました。
実際に見てみると、焦げ茶色のペンキで塗った天井の廻り縁と、古材柄のクッションフロアの雰囲気に、残された棚がよく似合っていていい雰囲気でした。
最近の入居者さんは背の高い家具を持っている人が少ないので、この位置の棚は邪魔にならないでしょう。もし邪魔になれば、別の位置に移動すればよいだけです。
そして、反対側の壁には長押部分にフックが残されていました。これも、お部屋の雰囲気に合う商品が選ばれ、丁寧な作業で適切に設置されていました。次の入居者さんもきっと便利に使ってくれるでしょう。
寝室にされていたもう一つの洋室の壁にも、お揃いのフックが残されていました。ここは、先程の仕事部屋と違ってもともと洋室だったので、長押がありません。フックを設置するにあたっては、アンカーを使用してくださいとお願いしていた場所です。
お部屋の雰囲気に合うフックが適切に取り付けてあれば、残して行っていただいても全く問題ないですよね。
もしもDIYが失敗してしまって、フックがうまく取り付けられていなかったときはどうなるでしょうか?
先に示した(明渡し時の収去等及び原状回復義務)での記載をもう一度見てみましょう。
残置する場合に
補修を要するとされた工事部分については、明渡し時に工事部分の本来有する機能が失われている場合には、「(別掲)修繕負担に関する特約」の規定に準拠して乙が補修を行うこととする。
つまり、今回のフックのケースで考えると、フックの取り付けにアンカーを使用せず、グラグラしていて次の人が使うのに支障がある場合は、「取り付け直しもしくは穴の修繕費用をいただきますよ」ということです。もしくは、退去前にご自分で外してしまってもいいわけですよね。
重要なことなので何度もしつこく言いますが、お部屋の雰囲気に合うものが適切に設置してあって、残しても次の人が使える状態なのであれば、大家さんや管理会社は大歓迎なのです。
今回の入居者さんは、DIYで作ったキッチンカウンターも残していってくださいました。ビス打ちできるカラーボックスを選び、それに合わせてサイズ指定して購入した天板を取り付け、内部の引き出しも設置し、仕事場で使った古材柄のクッションフロアの余りを表に貼った大作です。
DIYで作成された当時、「今回の間取りは棚を置ける場所がなかったので、代わりにカウンターを作りました」とおっしゃっていました。次の入居者さんも事情は同じはずなので、きっと喜んでいただけるに違いありません。
DIY可能賃貸で、退去時に困らないようにするには
DIY可能賃貸を退去するときに困らないための考え方をまとめてみましょう。
1.契約書の内容をよく確認しましょう。どんなDIYが可能なのか、DIYをするにあたって申請が必要なものと不要なもの、退去時の原状回復のルールがどうなっているかが重要です。ルールがなく、都度相談なのであれば、これらの内容も都度確認しておくべきです。
2.DIYのセンスと技術の高さに自信がある人は、画像を送るなどして大家さんや管理会社に積極的にアピールしましょう。相手に安心感を持ってもらえれば、許可されるDIYが増えますし、原状回復なしのDIYも増えます。
3.DIYのセンスと技術に自信がない人は、簡単に原状回復できないDIYについては、事前に練習をしっかり行ったり、上手な人に手伝っけもらったり、プロの手を借りるなどしてください。借りているのは大家さんの大切な財産なのだという意識を持って欲しいです。DIYの許可をもらったとしても、仕上がりが悪くて次の入居者さんに使ってもらえないような状態であれば、原状回復費用の請求がされる可能性が高まります。
要は「大家さんや次の入居者さんに対する思いやりが大切」ということだと思います。
今回の入居者さんが退去されたお部屋は、とてもきれいにお掃除されていました。退去時に慌てて大掃除されたのでないことは、入居中にお邪魔していたので知っています。 この入居者さんだけでなく、ワク賃023に入居されている方のお部屋はいつ伺ってもきれいに保たれているので、DIYが好きな方は暮らしに関心が高いということを感じています。そういう入居者さんが集まるDIY可能賃貸という仕組みは、借りる人も貸す人も管理する人も幸せな仕組みだと思います。
文:伊部尚子