[小商い建築ウォーカー神永セレクト#005]
小商いしながら暮らすことを想像して一番最初に思い浮かぶ住まいは、商店街でも見かけるあの、1階店舗+2階住居の物件ではないでしょうか。筆者も、今最も住みたいと思う形式の賃貸住宅の一つです。
さて今回は、前回に引き続き神奈川県物件のご紹介です。
東急東横線「白楽」駅から徒歩10分ほど、戦後発祥で今でも活気を見せ続ける“六角橋商店街”を抜けた先にある、「六角橋の四軒長屋(通称:N4|エヌヨン)」です。
新築なのに長屋であるという噂を聞きつけ、2022年12月に開催された建物完成時の内覧会に一度お邪魔していたのですが、入居者が住み始め、現在どのような状況になったのか見てみたいという思いがありました。
お話を伺う物件のオーナーは、先祖代々この地と共に生きてきたという山室興作さんです。駅からアクセスもよく、商業地域の範囲内に位置しながら、テナント物件ビルではなく、新築で長屋の住宅形式を選択した背景にはどのような意図や期待があるのでしょうか。
1.地域の人材を育てる拠点としての小商い賃貸
この物件は、メゾネットタイプの2階建て賃貸が4軒並ぶ、“新築の長屋形式”であることが大きな特徴なのですが、当初から長屋を想定していたのではないというから驚きです。
「地域を見守ってきた地主として、所有する複数の敷地を俯瞰して見た時、ただ物件をつくるだけではなく、人と活動を呼び込んで拠点として育てていきたいと考えていた」という山室さん。
設計を手がけたツバメアーキテクツには、複数の敷地を地域の中に位置付け、俯瞰して見た時にそれぞれどのようなネットワークや関係性づくりが考えられるのか、地域のリサーチやビジョン作りから依頼したのだとか。1階に食堂がある集合住宅の案等もあったが、運営を含めた事業計画全体をみて、2階建ての4軒長屋に決定したとのこと。
また、路面に人の個性や趣味の活動が滲み出した方がまちは面白いという考えや、六角橋商店街がかつて、1階店舗+2階住居の店舗付き住居の暮らしが根付いていた背景もあり、1階でお店を開くことができる“家開き式”の賃貸住居として、ただ住むだけではない物件とすることが決定したのだそう。
周辺にはマンションも建つエリアで、事もすると高層の集合住宅も考えられた場所に、暮らしがまちに滲み出す住宅形式があえて選択されています。“家”こそ、最も自由であり、一番小さな複合施設になる可能性があると考える筆者にとって、新築でこのような物件が生まれることに大きな感心を抱きました。
2.周辺環境から導き出された、素直で特徴的な建築物
建物が建つ敷地は、道路に対して間口が小さく、奥に長い三角形のかたちをしています。建物は敷地形状に合わせて細長く建っているのですが、訪れる人を迎えるように、雁行する壁が顔を出した印象が特徴的です。
4区画は、面積が42m2(1,2階合計)程度となるように分けられており、敷地の奥行きに呼応するように、間口が広く奥行きが浅い区画から、間口が小さく奥行きが広い区画まで、グラデーショナルに質の異なる間取りが並んでいます。賃料は13.6万円~14.2万円。
1階は、小商いやアトリエ利用含め、まちに開くことを想定したガラス面の多い開放的なつくりです。道路側に顔を向ける雁行した壁面は、外から中まで一面の壁をDIY可能な面とすることで、入居者の看板設置や棚板設置などに対応できる仕様になっています。
床は、土足もしくは靴脱ぎ利用のいずれにも対応可能で、入居者さんが決めることができるのだそう。現在入居されている方は、みなさん靴脱ぎ利用ということでした。
なお、給排水やガスなどインフラの準備はないので飲食店は難しいとのこと。トイレは1階にあります。
1階から伸びる階段をのぼり2階に入ると、1階とは印象の異なる空間が現れます。開口部は南側の大きな窓がメインで最低限なのですが、十分な明るさがあります。天井が高く、小屋裏の囲われた安心感に近しい、プライベート性の高い落ち着いた部屋になっています。
2人暮らしでも十分な仕様の洗面台や浴室、収納がまとまるスペースの上には、梯子で登るロフトスペースがあり、寝室の代わりとしても利用できそうです。
実際に入居し、アーティフィシャルフラワーを使った手作りアイテムを販売するアトリエ兼ショップ「Lune et Lily」を営む山崎陽介さんをお尋ねしました。
元々隣の区に住みながら、住居とアトリエ、ポップアップの催事へと移動を頻回にしながら暮らしていたのですが、移動が多く疲れてしまい、いっぺんに叶えられる物件はないかと探していたのだそうです。そんな折、四軒長屋の存在を知りすぐに内見、入居に至りました。
「店と家が一体化して、時間コストがコンパクトになり満足しています。近所の人たちは親切な人が多く、このまちに愛着があることが伝わってくるんです」と楽しそうに話す山崎さん。そんな彼からは、このまちでお店を持ちながら暮らすことで生まれる地域への愛着が、少しずつ育まれているように感じました。
販売する商品は、アートフラワーやドライフラワーなど、長く楽しめるお花です。結婚式などのブーケとして購入される方も多く、オンラインショップも運営しているそうです。店内は、露出する梁の間を利用した突っ張り棒ハンギングディスプレイを始め、DIYの範囲が壁一面だけとは考えられない多くの工夫が見られました。
ほかの入居区画は、本屋さんを始めるため準備中の方や、趣味で集めたボードゲームを共有するコミュニティの拠点として利用する方などさまざまです。家開き型だからこそ、趣味を開く小商いから生業まで、幅広い“小商い暮らし”の実践者が集まっているようです。
3.大家が変わると、まちが変わる。
物件を案内していただいた後、山室さんがオーナーであり管理運営するもう一つの拠点、「ロッカクパッチ」(改修設計:Daigo Ishii Design)へ移動しました。
1階はテナント+ラウンジ+賃貸住居、2階は4区画のオフィスとしてリノベーションされ、「N4」と同時期にオープンしています。
1階には「Hello from… coffee」という自家焙煎のコーヒー屋さんが入居し、すでに地域の人気店として常連さんも集っていました。
「一拠点だけではまちはなかなか変えられないけど、複数の拠点があれば、それらがつくりだすネットワークや関係性が、まちの何かを動かしていくかもしれない」と話す山室さん。
歩きながら場所を移動し、入居者とコミュニケーションを取ることで、複数拠点の繋がりの中で楽しむ暮らし方を肌で感じることができたように思います。
地域の地主としての覚悟が、新しい暮らしを実現する物件を生み、入居者が集まり、つながり、物事がうごめき始める。
その渦の始まりを目の当たりにして、周辺と接点を持つからこその“小商い賃貸”が、暮らしをより自由に、そしてその”生きざま”をまちへ拡張するきっかけとなる可能性に、妄想が止まらない一日でした。
文:神永侑子