《 小商い賃貸推進プロジェクト 》Vol.009

古民家・庭付きの戸建て賃貸を、DIYで住居兼カフェにアップデート。住宅街に溶け込むように小商い暮らしを営む「マツノキのキチ」

投稿日:2024年2月1日 更新日:

[小商い建築ウォーカー神永セレクト#006]

柔らかい日差しが入り、暖かい客席ダイニングでお庭を眺めながら、ついついゆったりくつろいでしまう空間が広がる「マツノキのキチ」
今回ご紹介するのは、東京メトロ丸ノ内線「新高円寺」駅から徒歩20分ほどのところに位置する築52年の一軒家でDIY可能な賃貸物件です。
飲食店を始めることを想像した時、厨房や客席づくりってなんだか難しそうで、業者さんにお願いしないと大変そう、と思う方も多いのではないでしょうか。もちろん、元々厨房がある物件を借りることや、業者さんにお願いして工事してもらうことも考えられますが、自分の手で最小限のアレンジを施し、家の一部を飲食店にすることだって可能なのです。
「マツノキのキチ」は、「有馬屋氷店/有馬屋おやつ」というカフェをメインに、美味しいもの、きれいなもの、日本の季節に関するものを扱うイベントやワークショップを開催しています。
この物件の2階にご家族と住みながら、「マツノキのキチ」を運営している柏木陽子さんに話を伺いました。

1.一軒家の賃貸物件を、小商い賃貸へアップデート

「マツノキのキチ」の外観。

冒頭説明したように、物件の場所は最寄りの駅から決して近いとはいえません。周辺は閑静な住宅街で車通りも少なく、生活環境が広がるエリア。用途地域は“第一種低層住居専用地域”にあたります。
この地域では、店舗面積を建物床面積の1/2以下かつ50㎡以下にしなければならないと法律で定められているのですが、このルールをうまく活用することに、第一種低層住居専用地域の可能性が秘められていると筆者は考えています。
この地域は、その特性上“生活するための家”が多く立ち並ぶため、ふらっと立ち寄れるカフェや飲食店が少なくなる傾向にあります。ここに、最大で50㎡の店舗を備えた小商いスペースを併設した住宅建物を展開することが、住居専用地域で徒歩圏内の“近所”暮らしを生み出し、そのゆるやかな繋がりこそが豊かさになるのではないかと考えるからです。
「マツノキのキチ」は、間取りで表すと6DK+S(サービスルーム)。延べ床面積が165.52㎡(50.06坪)ある大きな一戸建て住宅で、賃料は20万円台半ば。カフェ営業するため、1階のキッチンと3つの部屋、1階のトイレを用いて飲食店営業許可を取得されています。キッチンは菓子製造業も取得。その他の水まわりや2階の部屋はご家族の住まいとして利用されています。

1階平面図。 DKを厨房とし、3つの部屋(ROOM、Drawing Room、Room)を客席とした。

2.DIYでも、飲食店は始めることができる!

柏木さんは以前、外資系企業でマーケティングなどのお仕事に携わっていたそうですが、とあるきっかけで生き方や暮らし方を見直す機会があり、飲食店を始めてみようと思ったそうです。
「『ごちそうさま』『ありがとう』と言ってもらえる仕事って素敵だな、家とお店が近ければ子どもたちが自分のお店に夕飯を食べに来れるなあ、なんてこともと想像していました」と話します。
「マツノキのキチ」を始める前は、神保町のギャラリーバーを間借りし、現在の看板メニューでもあるかき氷をメインに活動を始めていたとのこと。急遽そのギャラリーバーを使うことが難しくなってしまい、物件を探していた時に今回の戸建て賃貸物件をDIYPで見つけて即内覧を申し込みました。そのスピード感も手伝って無事に入居に至りました。借りるならこんな物件が良いと集めていたイメージに近くて驚いたと言います。そんな素敵な客席空間は、柏木さんのDIYでアップデートされたもの。

印象的な赤い壁や天井の塗装をDIYで行った客席の一つ。

DIY前の客席部分。 塗装によって大きく印象が変わっていることがわかります。

左:庭から降り注ぐ日差しが心地よいソファ席。 右:収納棚の扉を撤去し、木調シートを貼ってアレンジしたカウンター席。

黄色い壁が印象的な客室。 壁のクロス貼り、床のカーペット敷きをDIY。家具もアンティークやユーズドを一つ一つ買い揃えている。

和室の客席は、床壁天井は既存のまま。注文家具を購入し設えている。

もちろん、DIYだけでは難しいアップデートもありました。
1階のキッチンを厨房とするため、2階に小さなキッチンを設ける必要があり、その水道工事は業者へ依頼。

2階に新しく設けた小さなシンク。

ここで気になるのは、DIYをしたは良いけれど、退去することになったら原状回復がかなり大変そうという課題。しかしこの物件では、壁の解体など大きな構造変更や機能が著しく変更される内容でない限り、事前に大家さんの承認が得られていればそのほとんどが残置可能! 国土交通省が定める、DIY型賃貸借のガイドラインに基づいて合意書が交わされているというわけです。

合意書の雛形サンプル。

どのようなDIYや工事をするのか、大家さんに相談する必要がありますが、プロに図面を書いてもらう必要はありません。どの場所をどのように更新するのかコミュニケーションが取れれば十分なのですね。

実際に柏木さんが書いたDIYや工事箇所のスケッチ。

3.生活と小商いが共存するライフスタイル

一軒家の中で、家と小商いが隣り合う暮らしを始めて3年目になる柏木さん。その面白さや難しさを聞いてみました。
「お店にお客様が来ているというより、自分の家にお客様が遊びに来ているような感覚があります。だからこそ、お客様にはなるべくリラックスして、心地よい時間を過ごしてほしいと思います。“大人の”おやつ店とうたっていますが、赤ちゃん連れのお母さんもいますよ。お母さんもホッとする時間、大事ですからね。逆に小さいお子さんが走り回ったりして、お母さんがおしゃべりに夢中になっていたりしたら、親戚のおばさんみたいに遠慮なく注意します(笑)」

日常なのにどこか特別で、優しい味わいのお食事に大満足でした。

駅から遠いため、ビジネス的には不利という側面もあるそうですが、住宅街だからこその繋がりと試みがこの場所から始まっているようです。

有馬屋おやつ店のモーニングとピラティス教室とのコラボ、ピラティスにモーニングが付く。

カフェのお客様でもあり、ご近所にお住まいの松平裕子さんが主宰している産後ピラティス「35pilatest」が、週に1度のペースでモーニングの時間にショートタイムのクラスを開催していたり、毎月、金継ぎアクセサリーのワークショップイベントが企画されていたりと、商業エリアではなくゆったりとした住宅街だからこそ、暮らしに寄り添った日常を豊かにするようなワークショップやイベントが開催されていくようです。

駐車場に置いてあった松ぼっくり。 取材したのはクリスマスの直前だったので、持ち帰って飾った人も多くいたのでしょう。

四季を楽しめる植栽が豊富な明るいお庭。

建物の車庫スペース(お客様の駐輪場として利用)には、庭で取れた松ぼっくりがおすそ分けされていました。庭には赤松、山茶花、椿、金木犀などの植木があり、秋には柿が取れるなど、四季が楽しめます。
柏木さん自身の手で庭の管理をしているそうですが、「たまには土に触れたい」というお客様が手伝ってくれることもあり、庭があることも「マツノキのキチ」の大きな魅力の一つになっています。
柏木さんが終始、この場所に住み始めてから起こった出来事やこれから企画していきたい季節のワークショップなどについて目を輝かせながら話しているのがとても印象的でした。
自身の好きなことを、周辺の人と共有して楽しんでいく。小商い暮らしを、自然体で自分らしく楽しむ様子に、大きな刺激を受けた1日でした。

右から、柏木さんと筆者。 物件の話にとどまらず、子育てや人生の話にまで膨らみ、楽しい時間でした。

文:神永侑子

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神永 侑子

建築家。 AKINAI GARDEN STUDIO 共同代表。1990年茨城県生まれ。2012年愛知工業大学卒業。同年から2020年株式会社オンデザインパートナーズ勤務。2021年から2023年までYADOKARI株式会社勤務。2018年、横浜弘明寺にシェア店舗アキナイガーデンの開業と共にAKINAI GARDEN STUDIO設立。建築設計をメインとして企画から運営まで一貫した活動に取り組む。主なPJに、「洞窟のある家」(2021年)、共創型コリビング「TAMUROBA」(2022年)等。共同編著書に「小商い建築、まちを動かす!」(2022年)。

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