今回は、パリ西方約30キロに位置するイヴリーヌ県のポワシーにある、一人親世帯のための共同住宅をご紹介する。こうした住居が必要となった背景を、まずはいくつかのデータから探ってみよう。
OECD(経済協力開発機構)は、加盟各国の家族形態の変化を頻繁に調査しているが、総じて婚姻件数が減少し、離婚率が上昇傾向にあると指摘している[注1]。
また、世界の諸問題をデータから読み解くアワー・ワールド・イン・データによれば、晩婚化に加え、婚姻関係を持たずに生活をともにするコーハビテーションや、一人親世帯もおしなべて増加傾向にあるという[注2]。

離婚のほか、パートナーとの死別、子どもを持つことは希望するが、結婚や同居は望まない意識的な選択など、一人親世帯に至る原因や状況はさまざまで、その社会経済的背景や生活形態は、国や地域によって非常に多様だということもわかっている。
フランスだけを見ても、4世帯に1世帯が一人親だという統計結果がある。何らかの理由で一人親となった家庭の生活水準は平均25%低下し、一人親世帯の子どもの24%が、必要な部屋数から少なくとも一部屋が不足した「過密状態」の住宅に住んでいるそうだ [注3]。
一人親世帯の住居探しのハードルは高く、社会的サークルや職場、子どもの学校などから地理的に離れた住居に住むことを余儀なくされることもある。

このように、伝統的な家族形態が大きく変化し、増え続ける一人親世帯が多くの問題に直面する現代において、住宅もまたそれに対応した変化を遂げる時期に来ているのだろう。
そうした中、パリとアムステルダムに拠点を持つ建築デザイン事務所のカットワークは、2023年12月に、一人親世帯に限定した共同住宅「コミューン」を完成させ、これを「世界初の試み」と銘打っている。

建物は、中庭に面したレイアウトと鮮やかなグリーンの雨戸が特徴的な、L字型の大きな2階建てタウンハウス。ポワシーのショッピング街の中心地に位置し、最寄り駅から徒歩5分、パリにも簡単にアクセスできる理想的な場所にある。
落ち着いたプライベートな空間と、住民の交流を促す共有スペースをうまく組み合わせているのが、「コミューン」最大の特徴。「個人と共同」、「リラックスと交流」といった相反する要素が、シンプルで機能的なデザインの中に絶妙なさじ加減で交差している。

まずは、プライベートな空間を見てみよう。
個別のユニットには、親一人+子ども一人のための「デュオ」、親一人+子ども二人のための「トリオ」の2種類がある。
デュオはベッドルームが2部屋、キチネット、バスルーム、収納スペースがあり、トリオはこれらに加えて、追加のベッドルームにも変換できるリビングスペースがある。

折り畳み式のテーブル。シンプルでコンパクトなデザインがコミューンの特徴
これらの部屋には、移動式のパーテーションや折り畳み式の家具など、フレキシブルな要素が組み込まれており、各家庭にとってベストな配置が可能となっている。モジュラー式のシステムは、積み木のようにいかようにも組み替えができる。子どもの数や年齢に合わせて収納スペースの増減や、家具の高さなどが調整できることも、ユーザーフレンドリーだと言える。

子どもたちが思い思いの時間を過ごす多目的プレイルーム。週末などには、ホームシネマを使ったムービーナイトが開催されることも!
共有スペースには、多目的プレイルーム、キッチン、ランドリールーム、そして中庭が含まれる。
このプレイルームには、テレビキャビネットやクローゼットに見せかけた、あるいはそういうものの奥に隠された、低い位置のドアがある。子どもたちがしゃがんで小さめの扉を開けると、その奥に、彼らだけに許されたスペースが広がるのだ。子どもたちはこの宝探し的な仕掛けが大好きだそう。親は少し離れたところから子どもたちの様子を観察することができるが、基本的には入室はしない。一人親家庭の子どもたち同士の時間を通して、皆が自立と交流を学ぶことが期待される。

大人だけが利用可能な交流スペース「スピークイージーバー」
その一方で、大人オンリーのスペースもある。読書に耽るリーディングスペースや、会話がしやすい「スピークイージー・バー」などがある。落ち着いた色味の内装に、バースツールやローテーブルなどが置かれている。

偽の冷蔵庫ドアを開けた奥には、大人専用のバースペースがある
実はこのバーに入るにも、偽の冷蔵庫ドアを開けなくてはならない(大人でもちょっとワクワクする!)。簡単なトリックであったとしても、この遊び心のある境界線は、大人と子どもが互いの領域をリスペクトするという小さな約束事を住人たちに植え付けるのかもしれない。

一般的なホテルでは、プライベートな空間とパブリックな空間の境目はデザインでくっきりと分けられていることが多いが、「コミューン」では、両空間の素材や配色が美しく交わり合う。プライバシーを尊重しつつ、建物全体を皆でシェアする気持ちを緩やかに醸成する狙いがあるそうだ。

現在、「コミューン」が住人に提供するサービスには、充実したインターネット環境のほか、ネットフリックスなどの各種ストリーミングサービス、家庭教師、誕生会の開催、さらには法的支援などもあるそうだ。こうした手厚いサービスは、一人親世帯に向けられた温かい支援の眼差しの表れにほかならない。

イギリスの赤十字が行った調査によれば、30歳以下の母親の83%が「時折寂しさを感じている」、43%が「常に寂しさを感じている」という。別の調査では、出産したばかりの母親の54%が出産以降、友人がいないと感じているそうだ[注4]。
フランスでは一人親家庭の8割がシングルマザーだが、コミューンではもちろんシングルファーザー家庭も受け入れており、コミュニティ全体、そして建物自体の造りやデザインを通して、住人たちの孤独の解消に努めている。

現在、「コミューン」では13家族が暮らしているが、その住人の一人、リリアンはこう語る。
「私たちはすでに多くの責任を一人で背負っているので、ここに来て、すぐに荷物を置いて、ほっと一息つけたことが何よりよかったです。家具の心配も、ネットワーク契約の心配もしなくていい。正直、共同住宅に勝るものはないと思います」
「私たちは小さなクラブの一員なんです。みんなで一緒に食事をしたり、ゲームをしたり。息子は一人っ子ですが、ほかの子たちと一緒にいることをとても楽しんでいます。コミュニケーションをとることで、彼の生活がより生き生きとしたものになったと思います。ほかの親子さんたちと甘いケーキを分かち合うなど、和やかなひとときもあります」

寂しさも、喜びも、ともに分かち合う「コミューン」の住人たち。緩やかでありながら、しっかりとしたこのコミュニティ意識がここに暮らす一人親家庭の生活水準をよりよくするための底力となっている。
カットワークが実現したコンパクトな居住スペースと工夫を凝らしたデザインは好評で、今後、フランス北部のルーベでも28世帯のための第二の「コミューン」がオープン予定だそうだ。
写真/All sources and images courtesy of ©Cutwork
URL/https://cutworkstudio.com/commune
取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno